青いひつじ

≫2008年03月

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淡々とポジティブに

前回の日記で「ステキ禅師の、『ありかた』を聞きたいっ!」
と書きました。

そのチャンスをうかがっていたのだけど、


金曜日になぜか他の人たちが皆早く帰ってしまい、
また二人になったので、
思い切って禅師に突撃インタビュー!



sheep「禅師先生、この前言ってらしたこと、
    先生にとってはタテマエじゃないんではと
    わたしは感じたのですが…?」





「本気だよ」と禅師はあっさり言った



「だって、
誰でもわかるようになるんだよ。
それなのに、最初からできないと捨ててしまうなんて、
もったいない



「分かる、っていうのは
例えば用語の意味を全部知っているとかいうことではなくて、

自分なりのイメージを持つということです」


sheep「イメージって…『流れ』みたいなものですか?」


禅師「そう、そう!」



どんなに複雑に見えるものでも、
その底に流れているもの…土台のしくみ…がわかれば、
あとは、その土台の上に乗っている飾りみたいなものだから、
全部分かる。


新しい分からないものが出てきても、
それを自分の持っているイメージの
どこに位置づければいいのかが、分かればいい…そういうことなのね




「年取って記憶力が衰えたからダメだ、とか
自分は頭が悪いからできない、とか言う人もいるけれどね。

確かに難しい内容ではあるけれど、

自分なりのイメージをつかむことは
誰にでもできるんだよ。十分に時間をかければ」


sheep「どこまで分かる、とか
    どれだけ分かる、とか
    関係なく…?」


「そう。誰にでも分かるようになる






「それにね、
 失業した人たちが今ここへ訓練なんかしに来ているのは、
 今までの自分のやり方じゃだめだと思ったからでしょ。
 今までのやり方に行き詰ったから
何かを変えようと思ってここに来ているんでしょう。


sheep「そのとおりだと思いますっ


「だったら、変わらなくちゃ。
新しいことに出会ったら
何でも挑戦してみたらいいと思うんだよね。

そのひとつとして、この科目に挑戦してみてほしいと思うわけです」





「それからね、
分からない、分からないと言う前に、
分からないなりに 一通り最後までやってみろ と思うんだよ。


最初始めたときは、質問さえできない。
自分が何が分からないのかも、分からないから。


最後までやってみて、振り返ってみて始めて、

自分はどこが分からなかったのか、分かって来るんだよ。



山上りをしているとき、
その途中でつまづいても、
地べたに張り付いていては、
自分が今どの辺にいるのかわからないよね。

自分がどの辺にいるのかわからなければ、
どうして自分が今苦労しているのかも分からないよね。

でも最後まで上りきって、
頂上から見下ろせば、
自分がどこでどうしてつまづいたのか
見えるようになるよね。

それと同じだと思う。



だから最初から分からないと捨てないで、
とりあえず最後までやってみるべきだと思う」










やる気があって、時間をかければ、
誰でもできる。

禅師はそう思っている。




無理に信じこもうとしているのでもなく、

信じていることさえ意識していない。

ただシンプルにそう思っている。



禅師にとってはそれが「あたりまえ」。
「自明の理」なのね。



まあ。

ステキ











わたしは(審査に落ちちゃったけど)カウンセリング見習いで、
実際に人の相談を受けてみて、

「誰にでも前向きの力があるんだなあ」と実感したのね。

「治る力」というか
「生きる力」というか、

どんなに暗闇の中で途方にくれているように見えても、
芯のところには必ず「光」を持っているんだ、
って思った。


でもわたしがその「光」を感じるのは、
今まで出会った個々のクライエントさんにとどまっていて、

本当の意味での「誰でもみんな」ではなかった。



だからわたしの世界は
暗闇の中に明かりが点在しているような世界。夜空のような。





でも禅師は
「年をとっているから」とか
「時間がないから」とか
いろんな前置きや制約をとっぱらって、
「誰でも分かる。誰でもできる」と言う。


禅師の見ている世界は、
わたしの世界より

随分と明るいんだと思った。







わたしも
禅師のように世界を見てみたい。



まっすぐに光を見つめて、
世界の根っこを信じられたら、

そんな
淡々とポジティブなまなざしを持てたら、




ステキだよね


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本気・マジ・なの?

sheepさんは本当に、しょうがないおばさんだ…。



しかし、しかしですね。

先週の金曜にわてくしが居残りしていたのは、
禅師先生のプライベートが聞きたかったからではありませぬ。
(いや、それも聞きたかったが…)



禅師の教師としてのあり方を聞きたかったのです。









先週禅師が
「今日久しぶりに生徒さんに喝を入れちゃった…」
と言ってきました。




授業中に内職をしていたり、
お客さん状態になっている人がいるんだそうで、


「就職活動のための内職はある程度仕方がないが、
授業の内容が自分に関係のないことのように、
捨ててかかっているのは見過ごせない。



まじめに授業を受けている生徒さんが気の毒だ。

生徒たちは公金を使って学校に来ているのだ。

この科目があることを、
知っていて自分で選んで来ているはずだ。


授業の内容がわからないなら、
質問をしにくればいくらでも答える。


それもしないで最初から捨てているのはいかがなものか」


そう言って叱ったんだそうです。





禅師の話を聞いていた
わたしと、先輩のお兄さん先生は
異口同音に言いました。

「それは科目の内容自体が難しすぎるから、
仕方ないんじゃないですか?」









このクラスは若い人もいるけれど、
上は60歳までの高年齢クラス。

最初はパソコンの初歩も知らない人もいて。



禅師の科目が始まる前には、
ワードやエクセルなどの使い方を勉強していました。

その時点で頭を抱えている人も大勢いました。





ワードやエクセルでひいひい言っている人たちに、
さらに上のこと(IPアドレスがどうたら、ネットワーク構築がうんたら)を教えようとしても、
ムリではないか…

若い人ばかりのクラスなら、
ついていけるかもしれないが…

生徒たちはとりあえず「パソコンの使い方」を習いに来ただけで、
内容の詳細をあんまり深く考えて選んだわけではないのでは…



そもそも
このカリキュラム設定にムリがあったのではないか…




わたしとお兄さん先生は、
そんなようなことを口々に言いました。







「久しぶりに怒って、疲れた~」と言って、禅師は帰ってしまいましたが。







それから1週間、




相変わらず内職組もお客さんもいるようですが、



遅くまで残って質問して、理解しようとしてる生徒もいるし、

「これは日本語じゃなくて、宇宙語ですね。チンプンカンプンですよ」と言いながら、
楽しそうにしている生徒もいるし、

なによりクラスで一番高齢の人が、
とてもまじめに授業に取り組んでいるようです。
(休み時間に教室を出てくるとき、目が輝いています)










「自分で選んでここに来ているのだから、
きちんと授業に取り組むべき」というのは

ふつうはタテマエですよね。


それに対して
「そうは言っても、
最初からムリなことをさせているのだから…」というのは

ホンネですよね。





口ではタテマエを言っていても、
実は自分のメンツがつぶれたから怒っている…ということもありますよね。


タテマエを言いつつ、
「そうは言ってもやっぱりムリだよな」と内心はあきらめている…そういうこともありますよね。











でも
禅師の言葉を聞いたとき、

わたしは感じたのです。

「このひとにとって、これはタテマエではないのでは?」






もしかして、
本気で言っている?

YES
…どこまでなのか、100%ではないんだろうけどね。
  (100%なら、ただの熱血バカだ)









禅師の教えている科目は高度なのです。
他の先生たちにもさっぱり分からないようです。
お勉強好きなわたしでさえ、「わかりましぇーん」と最初から逃げてしまいたいほど…


でも難しくてわからないながらも、
禅師の本気さに生徒さんはついてきているらしい…



生徒さんの表情を見ていて、
どうやらそうらしいと感じます。








自分の教えていることが理解してもらえないとき、
興味を持ってもらえないとき、

「この人たちにはムリだから」と
言ってしまえばラクですよね。





でも、

そんなにカンタンにあきらめたくないんですよ。わたしも。




あきらめたくないんですよ。

禅師のように、本気になりたいんですよ。









どうしたら本気になれるのか?

その本気さはどこから出てくるのか?



…矜持と言ってもよいでしょうね…





そういう禅師のあり方に、すっごく興味を持っているんです。


そこが聞きたいんです






それなのに、

わざわざ居残りして、
年とか聞いたりして、
わたしのバカバカ


またお話聞く機会があるとよいな…

いや、やっぱり聞こう




やれやれだぜ…


先日の「人間いろいろあるねえ」の続き、

ステキ禅師の話です。

いつもアホなことを書いていますが、
今日は特別アホ~です。お見逃しください。





わが校の教師・ステキ禅師は
かしこくて、上品で、やさしいひと。

何を尋ねられても
自分なりの答えを言えるひと。




だから
担任でも、キャリアカウンセラーでもないのに、
みんなが禅師に何かと相談したがる。





休み時間に生徒たちは受付のカウンターに来て
「禅師先生はいないんですかあ~(がっかり)」

いたらいたで
「きゃああっ!禅師先生、聞いてくださいよっ」と
お目目に星がキラキラ




特に女生徒に絶大な人気があり、

「飲み会に禅師先生を誘って来てくださいっ!」と
わたしはリクエストされる。

でも禅師は飲み会に出ないから、
それはムリ。




というか

アフターファイブに何をしているのか、

そのプライベートライフは

 … だったのです。先週の金曜日までは。




先週の金曜日、
わたしは他の先生方が帰った後、
禅師と二人きりでお話したくて居残りしてて…、


生徒さんの年の話をきっかけにして、
禅師の年齢とか聞いちゃったんですよっ



今までわたしは
禅師は自分と同い年くらいか?
とにかく40歳は超えているだろう、

「今実家に帰っている」と前に言っていた、

ということは「バツイチ」か?

子供はどうしたんだろう?

いろいろとドラマがあったんだろうな~

などなど妄想を膨らませて、



聞くに聞けずに
興味しんしんだったんですよう~





ところがっ、なんと

禅師はわたしよりも一回りも年下だったのです。
しかも結婚暦なし。



さらに、なんとっ


sheep「絶対彼女いると思ってましたよ。
     禅師先生モテモテだし…みんながほっておかないでしょ」
禅師「いや、もてないね~」
s「でも、女生徒があんなにキャーキャー言ってるじゃないですか?!」
禅「いや、それは一時的なものであって、もてるのとは違うでしょ」




はあ~、チヤホヤされるのと、もてるのとは違うのかあ。
なるほど。
(その違いがわかっているだけでも、ある意味うらやましいが)



禅師「ホントにもてないね。
    一回も声かけられたことないし、つきあったこともない」

sheep「うそー




恋愛経験もないってことですかあ~?






30代後半、結婚暦なし、恋愛経験なし!?

バリバリの、毒男(どくしんだんせい)じゃあありませんか

…そのプライベートライフは…あまり聞かないほうがいいような気がしてきたよ




で、でも、じゃあ、じゃあ、
この大人っぽさは何?

あせりを感じさせない、落ち着いたものごしは何?




「恋愛と結婚は人を大いに成長させる(子育てはさらに)」
というアタクシの持論(?)がくずれてしまうザンス。


恋愛や結婚で、相手と本音でぶつかり合うことによって、

いろんなドラマを経験して
人は成長するのだと思っていたんだよね。



でも
わたしよりも、

職場のほかの子持ち・孫もち・バツイチのおっちゃんたち(オーバー50)よりも、



禅師は明らかに
大人だ






人間いろいろあるんだねえ~
と、
そしてわたしもまだまだ視野が狭いのだと
思わされたことでした。




恋愛だけが、結婚だけが、人生のドラマじゃないんだね。

いや、成熟するためのドラマなんて、必要ない人もいるのかも…









週明けて今日、
禅師とまた顔を合わせたのですが、

「自分より一回り若い独身男性」という目で見ると、

「自分はすっごくお姉さんなのだなあ」と意識してしまって、

なんだかギクシャクしてしまいました。



まったく、妄想はするは、ドギマギはするは、
このおばさん、困ったもんだねえ、やれやれ… ┐( ̄∇ ̄;)┌


誇り高き求道者の国へ

チベットで騒乱が起きていますね。

他の独立運動をしている国でもそうなのですが、
こういうニュースを見ると、



どんなに巧妙に弾圧しても

人の誇りを奪うことはできないんだなあと思わされます。





わたしはダライ・ラマ14世のファンなんです

テレビで見るダライ・ラマは
きさくで愛嬌のある普通のおじさんで、
その口にする言葉も
ごく普通の当たり前の言葉ばかりです。


激しいことも、難しいことも言わない。


でもそれが
時代の波に翻弄され
50年近くも亡命生活をしながら、
祖国の自由のために活動しているひとの口から出ると、


とても重く、深く、大きい



「そんなのきれいごと」
とか
「たてまえだ」
という反論が力を失う。




チベット人の精神的指導者であるダライ・ラマは
自分のことを「一介の修行僧」だと言っています。









引越しが決まったのでわたしは、
今、岩手県のことをネットや本で調べているのです。


岩手県はその昔、
交通の不便さや、産業がないため県民所得が低いことから、

日本のチベットと呼ばれていたそうです。



そして
岩手と言えば
宮沢賢治ですね。


宮沢賢治は詩人で童話作家として有名ですが、
農業指導者であり、学校の教師でもあり、

熱心な仏教徒でもありました。



自分の作品や活動を通じて、

自らの信仰の世界を具現化しようとしていたようです。


あまりに求道的で、禁欲的になりすぎて
病に倒れ早世してしまいました。


すぐれた指導者であった賢治も
自分のことを「一農民」と言っていました。










チベットのニュースを見ていて、
ふと学生時代に描いた絵のことを思い出しました。


青い地に
道化師やいろんな人物が乱舞している絵で、
(いかにも女の子が描きそうなモチーフだ…

それにわたしは「チベット」とタイトルをつけました。



なんで「チベット」とつけたのか
思い出せないのですが、


「自分とははるかに遠いところにある
未知の国」
という感じだったのかな?








その「未知の国」だったチベットと岩手県、

そしてダライ・ラマを生んだチベットと、宮沢賢治を生んだ岩手県が、

わたしの中で今(勝手に)リンクしています




「誇り高い求道者の国」として…






「県民性辞典」でも、
岩手の人たちは
「まじめで誇り高い」とされています。



実際のところはどうなんでしょう?

行ってみないとわからないけど、




どんな出会いが待っているのかな








「世界全体が幸福にならないうちは、個人の幸福はありえない」
宮沢賢治は言いました。

確かにそうかもしれないけれど、


でも
「世界の幸福は、個人(わたし)の幸福から始まるんだよね」
と感じている、

一人の俗人のわたくしが、


宮沢賢治のユートピア「イーハトーブ」に行って、

さてさて、
どんなことが起こりますやら

お楽しみに



ほんの一歩先で、待っているよ

家に帰ると、
あるきっかけでたまにメールのやりとりをしている人から
メールが来ていました。

「昔ひきこもっていた反動で、今人に会ったり、外に出たりしています」と書いてあった。



わたしもそうだなあ~




転勤先でお友達もできず、ひきこもっていたから
今人と会って話すのがこんなに楽しい


大学を途中でやめてしまったから、
今勉強するのがこんなに楽しい


仕事もせずに家にずっといたから、
今外で働くのがこんなに楽しい




過去のつらさは
今の楽しさを何倍にも味わわせてくれる。







どんな苦労も無駄ではない。












生涯学習講座で講師をしたとき、
感じたの。
「ひとりじゃないんだ」って。


ベテランの先生がアシスタントしてくれた、
そのことももちろんあるけど…


「わたしはもうひとりじゃない」って感じたの。








コミュニケーション、カウンセリング、
そしてもちろんパソコンの講座…

今までわたしはどれだけ沢山の教室に出て、
どれだけ沢山のことを学んだことか…


お友達や身近な人との会話から、
どれだけ沢山のことに気づかせてもらったことか…


今の会社に入ってからも、
短い間だけど、どれだけ沢山のことを教わったことか…




今までわたしにいろいろなことを教えてくれた
先生、コーチ、セラピスト、カウンセラー、そしてお友達は
わたしの人生の師、



その人たちが
全部いる、って思ったの。




みんながいる。
ここにいる。


わたしの中に生きている。


だからわたしは堂々としていられたの。




どんな出会いも無駄ではない。










今日学校でわたしと話をしたキミは言っていたね、

「周りに流されて、
 何もかも中途半端でやめちゃって、

 自分の人生は何なんだろう?」って。



わたしもずっと思っていたよ。

自分の人生は中途半端で、流されていくだけで

無駄じゃないか、ゼロじゃないかって。





でもわかったよ。

人生において、
ゼロなどない。


ありえない。





プラスはプラスのまま、人生の宝となり、

マイナスはプラスに転じるための、
強力なバネとなる。


ゼロなどない。


ひとつもない。




そのことに気づいたとき

バラバラだった自分の人生が

一本の道になるんだよ。








早く自分の道を見つけてね

わたしはほんの一歩先で、

待っているよ




いろいろあった一日

講師デビューも無事終わり、
開放感でのびのびしています。



今日はホワイトデーで、
職場のひとや生徒さんたちからお菓子をいっぱいもらいました。
080314おかし長者


お菓子長者だ~
女は私一人だから、役得だね!





それから
ひとクラスの修了式がありました。

とっても騒がしい元気のいいクラスで、

オタク兄ちゃんが講師に来ていたとき、
やめさせろだなんだのと…

実習に行ってからも
前に聞いていた仕事の内容と話が違うからやめるだの、
実習グループ内で仲たがいしたりなんだりと、



まあ前代未聞のお騒がせで、
先生たちもいろいろと心配していたのですが、


無事にワイワイとにぎやかに、
修了式を迎えることができました。

ギターの得意な子が
弾き語りで「さようならの唄」を熱唱し、
みんな涙…
担任の先生は号泣…


とってもステキでした





面白い子たちだったなあ…

あの元気さで、
これから社会を力強く生きて行ってくれるでしょう





それから修了時締めの事務作業が終わり
(先輩のお兄さんがほとんどやってくれたの…
いつもホントにありがたい)


仕事が終わって、お兄さんも帰ったのに
わたしはわざと居残りしていました。


今日はダリンは飲み会でいないし、
友達にも振られてひとり…


そこでステキ禅師をごはんにさそっちゃおうか?!と思っていたのです








結局それは断念したのですが


禅師とお話したり、
残っていた生徒さんとお話したりして、



満足して帰ってきました。




まあ、今日の感想は


人間いろいろあるねえ


って感じかな?







やみつき?!

本日の講師デビュー戦、
無事終了しました~



結局昨日は明け方までパワポ作ってて、
2時間くらいしか寝られなかったの。

ヘロってて、
こんなんで大丈夫なのか、わたしゃ~と思いながら行ったんだけど…





はい。
わたしは大丈夫でした。




生徒さんにとってはどうだったかっていうと、うーん?


反省される点としては、
時間配分がよろしくなかったことだな~



最初の「基本操作のおさらい」に時間かかりすぎて、

肝心の今日のテーマの部分が押せ押せになって、
時間が足りなくなっちゃったの


昨日夜なべして作ったパワポも、
ザラッと流すだけになってしまい、もったいないことに。


今日のテーマの応用的なやり方が知りたくて来ていた、
「基本操作なんか、もう分かってらい!」
という受講生さんには、

物足りない結果になってしまいました。



終了後のアンケートでも、
「キホンに時間かけすぎ!」というのが
結構あったな



ごめんなさいね



できない人ができるまで待っていないで、
その人のことはアシスタントの先輩に任せて、
他の人は先に進めておけばよかったのね…



基本操作でも、今日使わない分野は
はしょればよかったのね…

と、今さらながら反省。



でも、
「今までの疑問が解決してスッキリした」とか
「家で使ってみます」とか
好意的な回答もあって、うれしかったですよ~







でも、

人に何かを教えるって、
楽しいんですね。

「ああ、わかりました!」って言ってもらえると、
すごい爽快感があるんですね~




講座の内容自体は
「まあ、いいと思いますよ。
あとは時間配分ですね」と、会場の方も言ってくれたように、

中身は悪くなかったんじゃないかと思うし

時間配分をもっと要領よくすれば、

もっと満足してもらえるものになると思う。














…ここまで、
かなり控えめに書いてます。




実は講座の最後に、生徒さんたちに
ここのブログのことを教えたのです。


もしかしてどなたか見てるかも? なんて思って、
自分を抑えてるのですが、
(だって、満足させてあげられなかった方も多いし…
 悪かったなと思って…)








でも、





自分の気持ちとしては

(さあ、いつものようにシャウト!)



すっごく楽しかった





教室中に見つめられる緊張と快感(?)

「わかりました!」と、言う生徒さんの顔の輝き、


なんとかしてもっと伝えようと、

なんとかしてもっと生徒さんの気持ちを感じたいと

一生懸命になる自分の心の動き、


次はどうしたらもっと満足してもらえるだろうかと、今考えてながら感じているこのワクワク感、








これは、まさに

ライブなんだ






講師業って、こんなに楽しいものだったの~?


やみつきになりそう~


また絶対やりたい。





いや、わたしばっかり自己満足していてもダメなんだけどさ、

今日自分が楽しかったのはビギナーズラックだろうけどさ、

もっと「よかった~」って言ってもらえるようになりたいのよ。






でもわたしはもうこの街からいなくなるから、

この講座はこれ1回きり。






めちゃめちゃ残念だよお。






でも今度行った先で、


絶対またやりたい、


やらねば、


やるっ!!

徹夜回避作戦

いいこと考えたっ!

講座用のパワーポイントを作る時間がないから、

Wordで作った講座用アンチョコノートの図や強調したい要点だけ残して、
あとは削除したものを作って、

プロジェクター画面に映してスクロールすれば
パワポの代わりに使えるわっ

アンチョコ全文は別に印刷して、
それを読みながら講義すればいいのよ。




こんなのやってる人見たことないけどね




これなら徹夜回避できるかな…

徹夜イヤだ ブツブツ…



ひとりごとでした。


超強力サポーター

いよいよ明日に迫ったセミナー講師デビュー


おとといは(がんばって?)完徹しました。
でもそれで準備が終わったわけではなく…





「大丈夫なのかあ?」と

職場のみなさんに超心配されています。



だって
「あれはできたのか?」

「いえ、まだです」

「これはできたのか?」

「いえ、これからです」って、

まだまだ全然準備できてないんだもん




本やネットでネタを探して、
ようやっと形が出来てきたかなという状態。





しかし、
そんなわたしにサポートの手が…


やっとこさ出来たタイムテーブルを
先輩のお兄さん先生に見せたらば、

「sheepさん、大事なものがひとつ抜けていますよ」って、

インターネットセキュリティの完成教材をもらいました。



おお、今のご時勢、これが抜けてはいかん、いかん




さらに、はじめに受講生さんにやってもらう
「パソコンの基本の使い方おさらい」のパワポももらって、


この2つを最初と最後に入れて締めれば、
講座の組み立てはばっちり






さらに明日当日、強力なサポートがっ



ベテランのインストさんがアシスタントに入ってくれることになったのだ

しかもボランティアで。




この2つのサポートがあれば、
もう大船に乗った気分のわたし






…しかし、今8時半現在、
当日資料まったく手をつけておりません。

リハーサルもしなきゃならんし。








今日も徹夜か?



徹夜宣言!

とりあえず引越しは決まったけれど、
その前にわたしには大仕事があるのよ。


生涯学習センターの講師デビュー

しかも講師業なんて全く初めてなのに、いきなり6時間

それが来週の水曜日に迫ってきているの。




で、

準備はこれから… なのだ  




昨日ボスに
「準備はできてるのか?」と聞かれて、

「大体の組み立ては考えてるんですけど…」と答えたら、



「危機意識がなさすぎる!」
と叱られちった…




だって
だって~


社長に「sheepさん、行ってみる?」と言われたのは10日くらい前でしょ。



それからすぐ
ダリンの会社やめる騒ぎやら、
仕事の月締めのラッシュやら、
ボランティアでのアクシデントで作業やりなおしやら、

うちの父がホームを出る騒ぎなんてのもあって、

それどころじゃなかったんだよー



今日は父のところに行って話をしてきたらもうこんな時間だし、
明日は夫の母のところに車で往復4時間かけて行くのよ。

月・火は仕事だし。




準備間に合うのか?

イヤ。無理。
普通にしてたら絶対無理。





とりあえず今夜は徹夜する!

多分明日も。

そしてその次の日も…?




えーんうわーん

一緒に行こうや

ダリンの転勤の内示が昨日出ました。



ダリンは結局会社に残り、
転勤を受け入れることになりました。


トップとは対決しなかったそうです。
内示を受けて、
一応ダリンは自分の考えを述べたけれど、

いつもは問答無用のトップが
ダリンに対して(わざわざ)
転勤の理由を説明したことと、
(それもわけのわからん説明だったらしいが)

トップの口ぶりから、
「あんたに会社をやめられては将来困る」という
ニュアンスを感じて、あまり強く言うのはやめたと。



いまひとつスッキリとしないところがあるけれど、
つまりは
ダリンは今ここで自分のやっている仕事がとても好きで、

会社にい続けていれば、
いつかはこのポジションに戻ってこれるかもしれないから、
というところに希望をつないでいるようです。




もうひとつ決め手になったのは、

同じく4月付けで本社に転勤させられることになった、
介護中の親を抱えた先輩に

「ダリン君、一緒に行こうや」と握手を求められて、

思わずその手を握り返してしまったからだとか。



自分よりずっと大変な目にあうだろうその先輩に、
「一緒にやっていこう」と言われて、

「イヤです!」とは言えなかったんだと。




「Kさんと約束しちゃったからなあ…」と
ダリンは浮かない顔でブツブツ言っていました。




ああ、ダリンって、
義理と人情の、日本のサラリーマン

しょうがないなあ…




でも
ここまで悩んで決めたことだから
まあいいか。



とりあえず行ってみて、
そこでいろいろ経験してみて本当にイヤになったら

そのとき
やめればいいんだもんね。


さあ、引越しの準備だ

お供いたします

この一週間はダリンも私も
将来への不安な気持ちでいっぱいでした。






ダリンは毎日のように周りの人に相談しています。

はじめ何人かには
「トップが変わるまで、数年辛抱すればいいんだから」
「大きな会社にいたから、小さいところにいくと苦労するよ」
「君は将来の幹部候補生なのにもったいない」
などなど言われてしょげていました。


「やめてどうなるんだろう。不安だ。親も心配するし」
「上の方針を受け入れて、転勤するしかないのかなあ」
「何も考えず、サラリーマンであることを受け入れるしかないのかな」







「イヤだけど、従わないとどうなるか不安だから…」


わたしはイヤだと思いました。
そんなヘタレについていくのは。







生活の安定は大事なこと。
そりゃーとても大事なこと。
亡くすのはとても不安で、
わたしは今までずっとそれにしがみついていた。



でも
「自分は会社の奴隷だ」と思いながら我慢するダリンはイヤ。

その奴隷の金魚のフンになって、
あちこち引きずり回される自分はもっとイヤ。


そんな一生はイヤ。



(例えば自営業の人なら、こんな不安は小さいのかも知れませんね。
でもダリンもわたしも公務員の子で、
安定第一という価値観は大きかったのです)






さらにいろいろな人と話すうちに
ダリンの考えはだんだん変わってきました。

「会社の方針といいながら、
 実はトップの好き嫌いで転勤させたり首を切ったりするのはおかしい」

「こんなことがいつまで…定年まで繰り返されるのかもわからない。
ふりまわされるのはごめんだ」




「やっぱり会社をやめる」と言い出しました。





「やめてもいい」と覚悟が決まると強いものですね




さらにこの土日、遠くの街にいる先輩と話をしに行き、
戻ってきたダリンは

「今のトップのやりかたはおかしい。
 俺は言いたいことを言う。
その結果どうなってもかまわない」と言いました。




よし。






ダリンは「山守」です。

山に木を植えて、育てて、切って、
また植えて、育てて、切って…


広大な山の
どこかで植えて、
どこかで育てて、
どこかで切って、

少しずつ少しずつ循環させて、

山全体を維持する。





それがダリンの仕事です。



今現在ダリンは、
日本一広い面積の民有林を管理しています。

つまり、
(国をのぞけば)
ダリンは日本一の山守というわけです。


日本一なんだよお!すごいと思わない?





でも今の会社のトップは、
その山の木を全部一度に切って、売ってしまおうとしています。

全部切ってしまったら、あとは何も残らない。









ダリンは上の人であっても間違っていると思えば、
バンバン自分の意見を言っていました。

でも
10年ほど前のトップとケンカして、
遠くに飛ばされました。

行った先の仕事でとても苦労して、
(妻は転勤先になじめずひきこもるし…)
もうあんな目にはあいたくない、
やっと戻れた今のポジションを手放したくないと、
この数年間、自分を抑えて言いたいことも言わずにきたのでした。




でも
自分の人生をかけて愛してきた、
そして尊敬する先輩たちが何十年もかけて育ててきた山が
目先の経済価値だけのために…というよりも
たった数年会社にいるだけのトップの
好みのためにつぶされる…



それはダリンにはどうしても見過ごすことができないのです。









多分今週、
ダリンはトップと対決します




その結果辞表を書くことになろうとも、

ダリンは逃げない。
だまって逃げたりしない。

ちゃんと自分の筋を通す。





今ダリンは
人の話を聞こうとしないトップに
どうしたらさえぎられずに自分の意見を言えるのか、
どうしたら話し合いに持ち込めるのか、

悩み考えています。



でも「周りに振り回されずに自分の筋を通すこと」、

そこからぶれることはもうないでしょう。









これからの生活を考えると、

本当に不安で一杯だ。




でもわたしはこの日を待っていたような気がする。


あなたが自由になる日を。












ダリンが揺れている間、

わたしも揺れに揺れていました。





今のいごこちのよい暮らしを捨てて、
ダリンについていくのか。



自分で選べるのです。


「ひとりで行って」と言うことはできる。

「実家に戻って親の面倒を看る」という言い訳も使える。

「あなたが新しい職に落ち着くまで、
わたしはこっちで仕事を続けているから」と言ってもいい。



ダリンと離れることはできる。








でも
わたしたちは

守らねばならないものを何も持っていない。



子供もいない、
家もない。


何もない。



ただお互いの関係性だけでつながっている夫婦。



苦労をともにし、乗り越えてきた時間が
たったひとつの宝物。




今、経済的な基盤をも失えば、
あとに残るのは
こころの絆だけ。それだけだ。




やっぱり離れられない。












今日帰ってきたダリンは、
迷いを抜けた顔で、


「何とかなる気がする」
と言った。


「おれたち、何も持ってないもんな。
守るものなんか何もない。
二人で働けば何とかなる気がする」








あなたもそう思うの。

わたしも同じこと考えてた。



守るものなど何もない。

お互いの絆と、
ネコのファイバーのほかには、ね。





やっぱり離れられない。どこまでも。









「唐獅子牡丹」で高倉健に付いていく池部良みたいに。

「お供いたします」。




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