青いひつじ

≫2008年01月

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落ちちゃったの

今日帰ったら、カウンセリング学校からの手紙が来ていた。
審査結果のお知らせです。

で、ガ、ガーン!
不合格になっちゃった。

「カウンセラーの資質に一歩およばない」っていうことで、

中立性が保てないとか、
自分の考えに固執しすぎとか、
クライエントにタメ口聞いたらだめとか、

もうさんざんです。

これ、「一歩」じゃねーだろがっ
ぜんぜんダメってことじゃんか!



正直すごくがっかりしてるし、
くやしいです。

わたし、こんなに一生懸命勉強したこと今までない。
他の人よりも、いろんなワークショップ出たりとか、
いっぱいいっぱいお勉強したのに


チクショー




でも確かにまずかったかも…というとこもあった。
「カウンセリングとは何ですか?」と聞かれて、
わたしは答えたの。

「真っ暗闇で道に迷っている人に、
 灯りを差し出すような感じかな…」って。


「手をひっぱって、こっちですよと連れて行くのではなく、
 灯りを差し出す。それを受け取るかは本人の自由で。

 灯りに照らされて、
 ああ、こっちに道があるんだとか、
 まわりは泥沼と思っていたけど、ちゃんと固い地面だったとか、
 気づくかどうかも本人しだいで…」


で、「イメージ的には非常によくわかりましたけど、
   具体的にどうするわけ?」ってつっこまれたら、
全然答えられなかったの。



だって、全然わかってないんだよ。




わたしのは意識的にやってることじゃないもん。
自然に沸いてきたり、降りてくる言葉をそのまま口にしているだけだもん。


「具体的に」コントロールなんて、
全然出来ないし、しなければとも思っていないもん。




結局
自分を客観視できていないということなんだろう。
カウンセラー向きじゃないんだろうな。
しょんぼり。


むしろ「イタコ」のほうが向いているかも、
なんて思ったり…

とにかくショックですわ。
なので、
明日は残念会で、夫と焼肉を食べに行こうっと!




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やる気がないからできないの

ピンチ!



わたしはとある「婦人科疾患経験者の会」に入っていて、
2ヶ月ごとに発行している会報の編集スタッフの一員なのだ。

今回わたしの担当は
ただ原稿をもらって、
それを体裁をととのえて会報に載せるだけのチョー簡単なもので、
ページ数も0.5ページと少なくて楽勝…のはずだった。


しかし、わたしは忘れていたのだ。
毎年3月は、いつもの原稿に加えて、
1年間の振り返りを書いてもらうことを。


0.5ページで納まるわけない!


原稿を書いてくれる人からメールをもらってそのことに気がつき、
あわてて前年の3月号を見たら、
図もたくさん載っていて、
なあんと3ページもとっている。


3.0-0.5=2.5


冊子ってね、ページ数を4の倍数にしなきゃいけないのよ。
今号も、進行係さんが苦労して苦労して、
やっとページ割を決めてくれたわけよ。もちろん4の倍数でね。
いまさら2・5ページ増えるなんて、言えねえ



どうする? どうする!


もっともわたしがこの3月の原稿の担当をするのは、
今年が初めてなんだけど。

でも
この会のスタッフは全員ボランティアでやってて、
上に立って統括する人がいないから、
みんな自分で責任を持ってやらなきゃいけないのよねー。



まあったく、
やりたくないのにやってるからこんなことになるんだよお。


筋腫の手術のときには
この会にたいへんお世話になった。
手術後、恩返しをしたいと思ってスタッフのボランティアを始めた。

あれからもう5年。
卒業したい、手を引きたいと思いながら
スタッフ不足のため、今までずるずる続けてきた。





ほんとに潮時。
今回の処理が済んだら、
今度こそ足を洗おう。


それにしても、目前の危機、
困った!!
締め切りまであと1週間しかないよ。


セッションをふりかえって

こうしてセッションを振り返って書いてみて、

わたしは自分がずっと前に
あぜさんとそっくり同じことを言ったことがあるのを思い出した。

(その人の場合はお母さんとの葛藤だったけど…)





わたしは言った。
「あなたはお母さんとは違う。だってあなたは自分を振り返ろうとしているんでしょう」って。

ひとつひとつ、
ネガティブなものを手放して、
最後にクライエントはこう言った。
「どんな人でも、わたしも、それなりの役割を果たしているってことなんですね」と。


どんな人でも、それなりの役割を果たしている。


「そのとおり!そのとおりですよ!」って、わたしは言ったんだ。




おかしいよね
自分で言ったことが、
自分でわかっていなかったなんて。


おかしいよね
自分はできないのに、
人には「大丈夫!」って言えるなんてね。



なんだかとってもしみじみ面白い…

セッション報告5  B´だからできること

sheep「わたしは仲介者の役割を果たしていたんですね」

あぜさん「家庭の中だけじゃなくってね、
社会の中でもそういう、AとBの人の間に立って、
二つの違う立場をつなげるっていうことができると思うんですよね」



sheep「AとBの間に立って、つなげる…? 
枠の中でちゃんとやっていけるAの人と、
枠をはみ出してしまうBの人をつなげる…」




そういえば、わたしは引きこもりの人の支援をしたいと思ってるんです。
あの人たちは、社会の枠からはみだしてしまった人たちでしょう。
今の社会の中ではやっていけない。
でも、ホントはきっとすごくいろんな可能性を持ってると思うんですよ。
そういう力を活用しないのは、社会にとって損失だと思うんですよ。




そういえば、ウツの人もそうですよね。
がんばりすぎて疲れてしまったんだとか言って、
薬飲ませて麻痺させて、
同じ会社に戻して「社会復帰」できた、とか言っても、
今までの何分の一の力しか出してはいけないっていうんでしょう。
そんなの全然治ったことにならないでしょう。

ウツの人は、今までいた枠にうまくはまらなくて、疲れてしまっただけだと思う。
その枠から外に出れば、
元気になって十分力を発揮できるような場所があるんじゃないかと思うんです。



あぜさん「ね、できることいっぱいあるでしょう?」



自分は枠からはみ出していながら、
枠の中にいる人の気持ちもわかる。

社会の枠の中でちゃんとやっている人に支えられていることがわかっていて、
その人たちに感謝しながら、
枠からはみ出しちゃった人たちのユニークな良さを、
みんなに広めていく。


B´のわたしなら、それができる…?

それができれば、いいな!












今回あぜさんは、いつにもまして走っていましたね。
(わたしのスピードが遅かったのかもしれませんが
どこまでついていけたのかは、わかんないけど、


とりあえず、
いま一つやりたいことができたんです。

知り合いにひきこもりのサロンをやっている人がいて、
以前「sheepちゃん、うちの子たちにパソコンを教えてくれない?」と
言われていたんでした。
働き出して、時間がないから無理だと思っていたけど、
会社に新しい事務の人が入ったら、
わたしは休みがとれるようになるよね。

そしたら、その子達のところに行きたいな!

パソコンが出来たからって、外に出て行けるとは限らない、
パソコンのスキルよりコミュニケーション能力のほうが大きな問題だとは思うけれども、

少しずつ、自信をつけてもらえたらいいよね




それが、この春からのわたしのです。

(この項おわり)

セッション報告4 仲介役

あぜさん「お父さんは、上ばっかり見ていて、自分の足元に影を作ってしまったような気がする…」

sheep「父は自分を省みるということがない。足元の影を振り返らなかったんですね。わたしたち家族はその影に覆われて、苦しんでいたんですよね…」

あぜさん「でもsheepさんは、お父さんと違って、自分の足元を振り返ろうとしているんですよね」

sheep「ああ、そうですね。自分を振り返ろうとしてます、今もまさにそうです」

あぜさん「sheepさんは、自分はBに近いのに、Aの人の気持ちもわかるから苦しんでいる。それってえらいんじゃないですか」

sheep「


確かにそうだ。
わたしはBの父に近い個性を持ちながら、
自分と違うAの母の苦しさがわかる。すごくわかる。

わかって、その苦しさを癒そうとしている。
そのために自分を振り返り続けている。

これって、えらい?

sheep「…わたしって、えらいかも」


Bのダメさも、良さも持っている。
そのうえAの気持ちもわかる。
対立する二つの間に立って、仲を取り持とうとしている…


sheep「今まで、中間にいて板ばさみになって苦しいとばかり思っていたんですけど、
中間にいるわたしのありようは、これでいいんじゃないか。
ありじゃないかって思えてきました」



わたしは家庭内の仲介役だったんだ。そのためにAの母とBの父の間に立っていたのだ。


(つづく)

セッション報告3 『Bダッシュ』

少し間が空いてしまいましたが、
セッション報告の続きです。


お父さん=だめ=わたし
わたしの心の中には、その図式が刻み込まれている。

ここまでは、
以前にも書いたことがあったと思う。

お父さんにそっくりなわたしは、どうせダメな奴なんだ! っていうのが、
心の中で強力なブレーキになっているんだと思うのです。

どうせダメ。
何をやってもダメ。
ちゃんとできない。
何かすれば迷惑をかける。

いっつもそんな感じがして。



それを何とかしようというのが
セッションのテーマでした。





あぜさん:「お父さんに似てるからダメ」じゃなく、
      「お父さんに似てるけど、いいとこもある」というように変わればいいんですよね。


sheep:「ああ、そんなふうに思えれば…
      ラクになるんですけど…




そのとおりなのです。

それしかない。







まず考えてみると、
父=だめ
という前提からしておかしい。

父は家庭ではダメだった、というだけ。
外ではいいところいっぱいあった(それさえも認めたくないけど)

父はアイデアあふれる、社交的な、ユニークな、面白い人だ。(認めたくないけど)
枠にはまらない自由な人なのだ。







父=だめ
と根深く思ってしまうのは、

自分が父にさびしい思いをさせられたからもあるけど、

母の父に対するネガティブな感情を、
自分が父の代理として受け止めなければならなかったというのが
すごく大きいと思うのです。




わたしはいつも母のようになりたくて、
ちゃんとできる人になりたくて、
努力し続けてきた。

素のままだと父に近い自分。
ほうっておけば自分勝手になり、枠をはみだしてしまう。
だけど、
なんとかして母に近づこうとがんばって、
できなくて、
自分を責め続けてきた。


わたしの元々のありようは父に近い。
でも気持ちは母の味方。
父にも母にもどっちにもなれず…



あぜさん「sheepさんから見て、
      お母さんのようにちゃんとできる人を『A』の人、
      お父さんのようなできない人を『B』の人とすると…」


sheep「そう、わたしは『B´(ダッシュ)』。AにもBにもなれない」

あぜさん「まるで中間管理職のように、間に立ってね」

sheep「板ばさみになって。苦しかった~」



(つづく)

蜘蛛の糸、
手放すことも出来ず、
かといって、
それをたぐって登っていくことも出来ず、
宙ぶらりんでゆれている



誓ったはずだ。
病めるときも 貧しいときも 悩めるときも ともにあると


だけど
ごはんと寝るところとひきかえに
自分で自分を奴隷にすると契約した覚えはない
一生檻の中に入っていると約束した覚えはない


安定とひきかえに、
魂を売り渡した覚えはない





だけどわたしは出て行かない
外は寒くて雪が降っている
あたたかいごはんと、あたたかい寝床から
離れられない







蜘蛛の糸
ひきちぎることも出来ず、
飛ぶことも出来ず、

虚空でゆれている




セッション報告2…=わたし

父の長所は認めてはいけなかったんだ。

だって、父は母をすごく苦しめていたから。


お給料は家に全部入れる、
パチンコも競馬もしない、
暴力を振るうわけでもない、

父は形式的にはどこも悪くない。





でも、
愛してもらえない、
ふりむいてもらえない、
こちらの思いやりは、父の心を素通りしてむなしく消えていくだけ、
何の反響も返ってこない。


それがどんなに苦しいか…




そんな母の苦しさを、わたしは受け止めていたんです。
全部受け止めなければならなかった。

だって、わたしは母にとって父の相似形だったから。

母は
「お父さんはだめだ、もういやだ」と言いながら、

わたしに「あんたはおとうさんとそっくり」と言いつづけた。

そのときのぎゅっとしかめた母の表情、
生々しく目に浮かぶ。


お父さん=だめ=わたし
我が家はそういう図式だったんです。
わたしの心の中には、その図式が刻み込まれているんです。


「おとうさんはだめだ」と母が言うことは、

わたしに向かって「あんたは嫌いだ」と言うのと同じこと。


母が父の愚痴をこぼすのを、
わたしはずっと聞き続けた。
心の中で、
「お母さんごめんなさい。ごめんなさい」と、父の代わりに詫びつづけた。


それはとても辛いことだよ。


わたしが母と一緒になって
「お父さんはだめだねえ」
「イヤだねえ」と言うことは、

「わたしはダメだ」と言うことと同じ。

「わたしはわたしが嫌いだ」と言うことと同じ。


それはすごく辛いことだよ。
今にして思うとね…




(つづく)


セッション報告1…父の長所

さて、気をとりなおしてセッションの報告だい!

このまえ「わたしのブレーキを握っているのはお父さん」って書いたとおり、

父の話をしました。



前回のセッションでは、
自分には「ちゃんととしなくちゃいけない」っていう
脅迫的な思いがあることを確認したのね。



ちゃんとしなくちゃいけない。

家の片付けをちゃんとしなくちゃいけない。
お金の管理をちゃんとしなくちゃいけない。
家族の世話をちゃんとしなくちゃいけない。
もちろん、社会人としてもちゃんとしなくちゃいけない。
…エトセトラ、エトセトラ

でも現実には
全然ちゃんとしてなくて。


ちゃんとしなくてはいけないと思い込んでいるのに、
ちゃんとできない。
それで自分を責める。
それがとても辛い。




で、父が出てくるわけですが、

わたしにとって父とは、


「全然ちゃんとしていないのに、
まったくそれを気にしていない」
人なのだ。



父は片付けなんて、したことがない。
父の部屋はゴミ部屋。
まさに足の踏み場もない。
母亡き後は家中がそんな感じで、
わたしは実家に帰るたび、
まず
漂白剤片手にトイレの掃除から始めなくてはならなかった。



父は家族をまったく省みなかった。
自己中で、思いやりがない。
家族の相手などまったくしなかった。
たまに話をしても、
「このひとはこちらのことなど何とも思っていないんだなあ」と思い知らされるだけ。



家中を散らかし、好き勝手に振舞う父のために、
わたしたち家族は非常に迷惑させられ、
苦しみ続けてきた。




お金の管理については、
わたしよりはできるみたいだけどね…




父はサヨクで、組合活動をしていて、
「世の中を良くするんだ」と言っていた。(今も)

でもわたしは思っていた。
「自分の家族を幸せにできないお父さんに、
世の中を良くすることなどできるわけない」と。

(実際、何十年も活動してるのに、
父のおかげで世の中が良くなった形跡はない)







…ちょっと、父のことをひどく書きすぎましたわ


そんな父だったけど、
外ではとっても人気があって、
退職後は様々な趣味を楽しみ、そこで評価され、友達もたくさんいる。
「すばらしいお父さんね」と、わたしは何人にも言われたことがある。



家では自分勝手でサイテーのお父さん。
でも外では自由で面白い人と周りから慕われ。


そう、父は外ではいい人だったのだ。
良いところがたくさんあったようなのだ。


問題は、
そういう父の長所を
わたしがまったく感じてこられなかったということ。

(つづく)

めまぐるしいの

今日上司と話した。

わたしは今9時~3時の勤務ということになっている。
生徒さんの授業は3時半に終わる。

で、わたしは3時に帰れない。
ちょっと用事を言いつけられて残っていると、
3時半になっちゃって、
生徒さんたちが教室からどーっと出てきて、
あれしてくれ、これほしいといろんなことを要求してくるの。

その対応に追われて気がついたら4時、
なんて毎日。

上司が言うには、
わたしの勤務時間を1時間半ずらして、
4時半までの勤務にしたらどうかと。

確かに朝1時間半あれば、
バタバタと家を出なくてすむ。
夫のお弁当も毎日作れるし、
洗濯物を干すこともできるわね。
そっちのほうが、いいかなあ。




さらに上司が言うには、
うちの会社ではもう一人フルタイムで事務の人を入れたほうがいいと。

わたし一人じゃ力不足なのね、
と一瞬しょんぼり。
わたしがあっぷあっぷしてるのを見て、無理だと思ってのことなんだろうな~と。
新年度からも今みたいな仕事のボリュームが続きそうだしね。

確かにわたしは事務処理のスピードないもん。


でももうひとつ思うのは、
この上司はここからいなくなろうとしてるのじゃないかと。

定年退職者で、もう年金をもらっているのね。
そして体の調子が悪いのね。
元気にふるまっているけれど。

そして
うちの会社の経営母体は親会社だが、
来年で手を引くらしい。
上司は親会社からの出向者。
なのであと1年でうちの会社への出向は終わるわけ。

上司は役所に電話で問い合わせたりという
自分の仕事を、
だんだんわたしに振ろうとしている。

いなくなってしまうんだな。
とってもいいおじさんで、
このひとのいない会社なんて、考えられないけど…

いなくなるまでに、
自分の跡継ぎを育てようとしてるんじゃないかな、
でも、今までわたしに事務仕事を教えてくれた先輩は、
これからは事務からは卒業させて講師に専念させるらしいし、
わたしは主婦でパートだし、力不足だしね
だからもうひとり、ということなんだろうな。



先輩のサポートのために入れた新しいインストラクターの兄ちゃんは、
授業をうまく回せていなくて、
今日生徒さんから
「先生をなめてかかってる人がいる。
教室の雰囲気が悪い」って相談を受けた。
はじめてのインストラクター業で、まだ余裕がないとはいえ…
こっちのほうも何か対策を練らないとならないんだろうな。




ぎりぎりの人数で、
毎日のように何かしら変更があって、
「えー、、そんなのいつ決まったんですか。聞いてませんよ~」ということがしょっちゅう。
うちの会社はとってもスリリング。


普通の会社はこんなにめまぐるしいものなのかしら。

まあ、気をとりなおして、来週も

はまっちゃいられねえ

昨夜仕事のフローチャートを作りました。
かっこよくできました
それを持って会社に行きました。




今日は、
去年修了した講座の書類のチェックをしました。




そしたらボロボロ出てくる出てくる、間違いが

でもお、これって10月の分。
わたしが入社したのは10月22日。
これ、わたしが作ったんじゃないよなあ?

でも10月に作って保管しておいて、
提出したのは講座修了後の12月末。
ということは最終チェックはわたしがすることになってんのかなあ。




うーん???




結局、先輩とわたしの仕事の引継ぎがバタバタしていて、
うまくつながっていなかったということなんだろうけど…





釈然としないまま

チェック

チェック

ひたすらチェック





だんだん…

「こんなこと、やっていられないや」
って気分になってきた。


去年の書類ですよ。
チェックしている今日は、
もう1月の下旬ですよ。

こんなことで丸1日つぶれてしまったですよ。


チェックばっかりしてると、
だんだん、何が正しいのかわからなくなってくる。
だんだん、自分が何もかも信用できなくなってくる。




なんて非生産的なんでしょ。
なんて消耗なんでしょ。





こんなのにかまけてたせいか、
生徒さんからの頼まれごとも忘れて、プリプリ怒られる始末。





こんなの、はまっちゃいられねえ



まあ1日かけて帳尻はあったので、
会社の人たちはミーティングをしていたけど、
これ以上はつきあわないと思って、
とっとと定時に帰ってきました。




帰りがけに寄り道して、
仕事とは関係ない、前々から気になっていた用事を片付けて、
すっきり気分。
だからまあいいか。





とりあえずこれで
どこをチェックすれば間違いが見つかるのかはわかった。
だからまあいいか。
(問題はそれにかかる時間だが…)





明日上司に報告しなくちゃな~、
コワー

フローチャートをつくるのだ

もうやんなっちゃう。× × ×

年末に役所に出した書類。
今日になって、「ここ間違ってますよ」と指摘コールが入った。
しかも何箇所も


それって年末にバタバタっと作って出したやつ。

見直してみると、どうも
打ち間違いをチェックせず、
そのまま提出してしまったみたい。

あのときは他の書類と掛け持ちして、
わたしはいっぱいいっぱいになっていて、
「あとはやっておいてあげる」と先輩に言われておまかせしたんだっけ。

だけど、
「やっておいてあげる」は
「印刷してあげる」の意味で、

「中身もチェックしてあげる」ではなかったのね。
ああ、そーだ、そーだ、そりゃそーだ (-д-)=З
やっぱりわたしのせいなのよ~



だんだん分かってきたんだけど、
わたしが間違うと、ここにはそれをチェックできる人っていないのね。
そんな人員も時間もないのね。


今回は役所のひとが、
ひとつひとつ手作業でチェックして、見つかったらしい。

ごめんチャイ。


きっとまだほかにも見つかると思う。しくしく…






つまり…もうひとつだんだん分かってきたんだけど、
わたしって
ずぼらだ。
ほんとうっっつに、
ずぼら




ああ~おそろしや。
こんなわたしにまかせられてるなんて。




今日は夕方からオキニの先生のケース検討会だったんだけど、
仕事の修正に疲れたので、
さぼって帰ってきました。



ああああ、疲れる…






…と、がっくりしていてもしかたないので。
何とか自分で間違いをチェックする体制を作らなくちゃならないのだ。



まずは、
①誰かに続きをまかせるときは、その直前までの作業行程は自分でチェックする!



②月末にバタバタしないように、仕事は前倒し・前倒しで
 余裕を作る。



さらに、
③同じ数字を何種類もの書類に打ち込むのだから、
 アクセスで一発で入れられないか工夫してみる。

④ミスが発見されずに流れていくのを防ぐべく、
 効率よいチェック方法を探す。





今夜はダリンが出張でおらず、時間があるので、
仕事のフローチャートを作って対策を練ろう。

こんなボケなままじゃ、いやだもん










生活習慣病の仲間入り

メタボな我が家から、
とうとう生活習慣病患者が出た!

ファイバー女王様、おんとし13歳。
071206ファイバー様


ミルク大王が去年心臓発作で死んだので、
妹(?)のファイバーももしや?と思って検査してもらったのです。




心臓は異常なし。
しかし、腎臓が悪かった…
「慢性腎不全」だって。

「慢性腎不全」は高齢猫にはありふれた病気だそうです。
ミルク大王亡き後、
我が家の権力ピラミッドの頂点に君臨されているファイバー様、
(わしら夫婦はそのしもべ)
こんなにかわいいけど、
人間なら70歳過ぎてるんだもんな~



腎臓に負担をかけないえさと、
老廃物を吸着するという黒い粉薬(まんま「炭」だよね、これは)
をもらってきました。

薬をまぶしたえさを
ファイバー様は喜んで食べてくれたので一安心。




これからどうなるのか不安だけど、
本人いたって元気です。

女王様の健康と長寿のために、
しもべ二人はつくしまっせ~




blank

先日の新年会でのことです。

シモネタをふられて、
フツーに応じていたら、
先輩のお兄さんから
「sheepさんのイメージが狂っちゃうから、
もうそういう話はしないでください」
と言われ、

「えっ、わたしのイメージって…
清純派? 上品系?

マジでよころんでました。


しかし夫にそのことを話すと、
「それは意味がちょっと違うな。
『おめーのシモネタなんて、想像したくねえよ!』ってことだよ」とコメントされて、

今度は
マジにへこみました。





なんだかねえ~

言われた言葉全部、
馬鹿正直にそのままの意味にとって、

こんなに浅はかなまま年をとって、



なんだかな~

「子供」からダイレクトに「おばあさん」になっちゃうみたいな。




その間の「大人の女」時代っていうのが、
ないんだよね。



いつも無邪気で、平和で
色気ゼロ。



つまんない。

こんなのつまんない


(いや、別に女っぽくムンムンしたいとか、
そういうことでもないんですけど)





結婚してるし、
けっこういろいろやってきてる(?)のに、
そういう経験が、自分の中で生きていないっていうか。





小さいころから感情を抑えてきて、
そのうちに
抑えていることさえも忘れてて、



どこか一部分の成長が止まったまま。



これがふつうの自分だと思ってきて。
でもなぜか
いごこちが悪くて。

平和なはずの毎日に、
どうしてイライラするのかわからなくて。











感じるこころ、受け取る力が育たなければ、
何を経験しても、
自分のものにはならないんだね。




いろんなことがあったはず。
でもその時間は
ブランクのまま。
白いまま。




失われた時代を
とりもどすことなんて
できるんだろうか。


父の話

「自分はいったい何がしたいのか」
「自分の人生の目標は何なのか」

それを考えようとすると、
瞬殺。
思考停止。

わたしの心に強力なブレーキがかかってるの。



触ることはおろか、
見ることもできない、



わたしはあまりにもそれを恐れていて、
そっちを向くことさえできない。

ブレーキの存在さえ、
気づかないふりをして生きてきた。






今やっと言えそうだ。
「わたしの心には強力なブレーキがかかっている」

そして、そのブレーキを握っているのは、
お父さん。


多分わたしのお父さん。
そうじゃない? 違う?


あんなにも自分の好き勝手に生きている人なんて、
それで全然罪悪感を感じていない人なんて、
お父さん以外に知らないもん。









小さいころ、

父と海に行った。

全然泳げないわたしを
父は海にほうりこみ、




おぼれながらわたしは父を見ていた。

父はわたしを見ていなかった。
岩の上にすっくと立ち、
笑っていた。

若々しい父は、腰に手を当てて
楽しそうに笑っていた。





すごく小さかったころ。
現実にそんなことがあったのかもわからないくらい昔のこと。






おとうさん、わたしを見て!

わたしを助けて!








だけど
40数年間。

父はわたしを無視し続け。

わたしは父を拒否し続け。









はちゃめちゃな会社のおやじたちに、
わたしがついて行っているのは、

彼らが「昭和のお父さん」の濃縮ジュースみたいなやつらだから。
多分そう。

腹を立てながらも楽しいのは、
40数年分のお父さん濃縮液にひたれるから。
どっぷりひたれるから。







あぜさんとのセッション数ヶ月で、
いろんな話をした。
自分の話、夫の話、
母の話、義母の話…

だけど父の話はしなかった。





父の話はできなかった。




父は、

大きすぎて、まぶしすぎて、
直視することができずにきた。





いえ、そうじゃない。
以前受けてたメールカウンセリングでは、
毎回ほとんど父のことばかり話していたんだ。

なぜって、そこでは、そのときは、何も解決しないって、
わかっていたから。
だからとめどなく父のことを話し続けることができた。





だけども、

あぜさんは凄腕のひとでしょう。

そのセッションでなら、
わたしは父とのわだかまりを乗り越えてしまうかもしれない…





父との関係にとどめをさすのがこわいのだ。
等身大の父を見出すのがこわいのだ。











一番大きなブレーキをはずしたら、
わたしはどうなっちゃうんだろう。

等身大のわたしを見出すのがこわい。






だから、次回は父の話をします。





お父さんの匂い

昨日は会社の新年会でした。
あの怒涛の歓迎会とは違い、
今回は社長と親会社の人も出席されるので、
おすまし会になるかと思っていたのに…



もう、もう、ほんっつとうに、わけわかりません。この人たち。


話の内容はもう、女、女、女
今までの受講生の中で、どの娘が自分のオキニかについて、
熱い討論が繰り広げられ、
「A組の○○がピカ一!」
「おれ、そいつ知らねえ」(すごくくやしそう)
「あいつはおれの女だ!おめえ手出すな!」(真顔)
って

あんたら、何考えて講義やってんだか…

とばっちりがきそうになったので、
わたしもやさし~く、上司のストマックに空手チョップ一発




カラオケで「おゆき」「小樽の人」「足手まとい」などなど、
ムーディーな歌謡曲をたっぷり聴かされ、


一部おやじが帰るというので、
「わたしも~」と店を出れば、

もうひとりインストラクターのお姉さんと一緒に
拉致られて他の店に連れてかれ…




新しい店にわたしたちを連れて行ったおやじは、
職場きってのやんちゃもの。

やんちゃおやじは前回その店に行ったとき、
初対面の女性客の胸をつかんだ!そうで、
(外でもそんなことやってたんかい
以来あやまりたくて、ひそかに悩んでいたようなんです。

ひとりでは店に顔を出せないので、
わたしたちをダシにして…

今回無事に、店のママにあやまり、
被害者の女性客にもメールであやまることができて、
やんちゃおやじは満足顔。

もうひとり、
わたしが「この人だけはまとも」と思っていたおじさまは、
その店で昔の部下に会って…

「おまえとまた会えてうれしい」と、

泣き出しました

泣き出しました

泣き出しました


泣くなよっ!






彼らは元一部上場企業のサラリーマン。
高度成長時代を戦い抜いた戦友同士。


ああ、ああ、すごいよ。
あんたたち団塊の世代には、かなわんわ。




濃いよ。

昭和の匂いがする。

お父さんの匂いがする。







腹が立つんだか、おもしろいんだか、
もうわけわからん。

いちばんこわいこと

このごろまたまた調子わろしです。

仕事はなかなかサクサク出来るようにならないし、
あいかわらず家の中は散らかってるし。

なんだかいろいろなことが進まないんだなあ。


でもそれはそれとして。



だって。
半年前のわたしは泣いていたよね。
「何にも出来ないんですう~」って。

あのときは本当に何にもできなかったんです。
ひどいウツだったのだと思います。
寝たり起きたりの毎日でした。


その前も、ひきこもっていたり、
大学をやめたり、
会社もやめることばかり考えていたり、
自分の人生から逃げ続けてきました。


今はとりあえず、毎日会社に行ってる。
しかも、時間に余裕を持って!
わたしとしては、わたしとしては、
それだけでも本当に快挙・スバラシイ


だから、それはそれとして。
なんで、調子わるいんでしょ?




調子わるさの本体は、
これだと思うんです。
「新たな課題」っていうか、
「永遠のテーマ」っていうか。


「わたしはどう生きるのか」っていう。



わたしはもうだいぶ回復してきたんだと思います。
過去の心の傷やら、引きずってきた余計な荷物やら、
大分減ってきて、
これからも減らし続けていけるだろうという見通しもついてきて、


なので、逃げることが出来なくなったわけです。
言い訳できなくなってきたわけです。


「わたしは何がしたいのか」
そこをほじくらざるをえなくなってきたんです。




自分でもこのごろ、
「大分ラクになってきたけど、ラクになった後はどうなるんだろ」と思っていて、

前回のあぜさんのセッションでもそれが出てきたし、

カウンセリングの審査のときにも言われました。

「で、結局あなたは何がしたいの?」と。










でも、それを考えようとすると、めちゃめちゃ心理的な抵抗を感じるんです。



みなさんは、
ご自分が何をしたいのか、わかっているんでしょうね?

「特に目指しているものなどないよ」というかたも、
自分が流れていく先に、何があるのか大体わかっているみたいですよね?



白状すると、
わたしは生まれてこの方、自分が何をしたいのか、
どこに向かおうとしているのか、
わかった試しがありません。

何かを見つけたと思い、
それをつかもうと努力したことはあるのですが、

努力している間に、
その何かは変質してしまうのです。
「自分にとってどうでもいいこと」に…




人生の目標なんて何もなくて、
ただ、ふわふわ漂ってきましたのです。



骨なしクラゲだったのです。




これからわたしは
自分の人生の骨組みを造らなくっちゃならないの?

わたしの行く先に何があるの?



そんなのわからない。考えるのイヤ。怖い。

そのくらいなら、
寒くても、きゅうくつでも、居心地悪くても、
今の枠にはまっていたほうが気楽だよ。

じっとして何も変わらない、そのほうが気楽だよ。




本当にそう思うんだけど。

でも多分、止められないんだろうな。この変化は。

でも多分、
大丈夫。もう少し。

明日から

明日からまた怒涛の日々が始まる。

職場は無事かしら。
わたしの休んでいる間に、
年末の仕事の新たなミスが発覚しているのではないかと、ビクビクものです

しかも明日はいよいよ
カウンセリング講座の認定審査の日です。

3年半の勉強の成果が試されるのですよ~
コワいなあ。
でもすでに審査を済ませた同級生たちは、
一様に「すっきりした。受けてよかった」と言っているから、
わたしもがんばる。



あさっては職場で、
新しい生徒さん相手に、
書類の書き方をガイダンスしなくてはなりません。
パワポでプレゼンするのですよ。
パワポ作り間に合うかなあ。
プレゼンちゃんと伝えられるかなあ。






でも生徒相手にこういう小さな経験を積んで、
しばらくしたら学科のインストラクターもやってみたいな。



カウンセリング審査がもし受かったら、
窓口で経験を積んで、
しばらくしたら産業カウンセラーも受けようかな。


そんで、しばらくしたらキャリアカウンセラーもやりたいし。


そんで、またしばらくしたら…?







今はまだ、
事務仕事を回すのに四苦八苦してるけど、

しばらくしたら、
きっと落ち着く。うまく回せるようになる。

そうしたら、自分のやりたいことに取り組もう



それまでにあまりミスしすぎて、
首になりませんように…

なんとか無事に

長い正月休みも明日で終わります。
3日から今日までは、夫の実家に行っていました。

お金の件ですが、
無事に下ろせました。
な、なあんと「ゆうちょ銀行」なら、
正月もATMは休みなしなのです!!
3日の日に年賀状を出しに行って、そのことに気づき、
速攻で下ろしました。

そのあとわたしは家に帰って、パソコンで年賀状作成の続きをやり、
夫は車にガソリンを入れに行きました。(それまでガソリン代もなかったので)
夫がコンビニで肉まんを買ってきてくれて、(それまで何も食べていなかったので)
ちぎってお口に入れてくれました。

あの肉まん、うまかった~
これが「お金の味」なのだと思いました。

ビバ! ゆうちょ銀行

年賀状を全部完成させて、
無事に高速に乗って
夫の実家に行くことができました。

今年の抱負

年明け早々しょんぼりです。

お金を下ろすのを忘れてました。
銀行は4日まで開かないんですね。
でも、休みの日でもコンビニのATMなら引き出せると思っていたのですが…、

下ろせないと思いもせずに、
手持ちのお金をガンガン使っちゃってて。

明日夫の実家に行くというのに、
高速代もギリギリです。




お財布にお金がない。




そしてもっと恐ろしいことに、
今クレジットカードが使えないのです。
引き落とし日に口座にお金を入れそびれて、
引き落としができなかったのです。

仕事が忙しくて銀行に行けず、
ぎりぎりの日に、お金を入れようとATMに行ったのですが、
間違った銀行のカードを持っていってしまい、
その日入れられなかったんですよね。


今日ガソリン代を払おうとしたら、
カードが使えなくなっていました。


でも一度引き落とせないくらいで利用停止になるなんて、
聞いたことがない


実は、実は、実は、
引き落とし不能は
今回だけではないのです

いつもギリギリに口座にお金を入れに行くので、
間に合わなかったことが数度あるのです。

でも、そういうときは
「○日に再度引き落とします」というハガキが来て、
その日までに入金しておけばオッケーだったのにな。

今回はどうしたんだろう。
その数度の積み重ねが悪かったのかも。
今回は金額が大きかったからかも。


でも、でも、お金は口座にあるのに。
夫のお給料とボーナスが、
ちゃんと入っているのに。
引き落とし口座に移すのが遅かった。

馬鹿馬鹿、わたしの馬鹿。




夫にしかられて、
お金の管理を夫がするかどうかという話になりましたが、
結局知りきれトンボで終わりました。

わたしのお金扱いがゆるいために、
我が家ではこういう会話が何度も繰り返されています。



こういう自分のだらしなさ。
本当にいやです。






こんな恥ずかしいことを、
ここに書いたからには、
絶対に、
このだらしなさは直します。
それが今年の抱負です。









年始のご挨拶を申し上げます

パソコン修理にこだわったのにはわけがあって、

休み中にパソを使って書類の作成をしたいのと、

年賀状を作りたかったのです





12月に入って、年賀状を作らなきゃ…と考えるたびに
悲しい重い気持ちになって、手が進まず、

そのうちパソコンが壊れてしまい、そのままに…


結局、年内にパソも直らず、年賀状は作りませんでした




送ってくれたかたにお返事しようと、
今日、借り物のパソコンでこんなのを作りました。

20080101新年挨拶blog



(実際に送るハガキとはレイアウトが違いますけども)



作ろうと思って、文面の例文を探してネットを検索していたら、
「ペット喪中」というのが話題になっているのを知りました。

「飼っていたワンコが死んで、喪中ハガキを出した」という人に対して、
かなり批判的な意見の方が多いようです。

「ペットと人間は違う」
「誰が死んだのかとびっくりしたら、何だ犬か」
「(うちの親も今年亡くなったので)親と犬を一緒にするな!」


確かに「ペット喪中はがき」はほかの方から見れば非常識で
ちょっと異常なのかもしれません、
その方のだんなさんは、出すのに反対されたそうです。




うちは、ダリンが率先して「愛猫死去のため」と書けと言ったので、
わたしは涙と鼻水でグズグズになりながら、
この絵を描いて…

とってもかわいく描けたと
出来栄えに満足しているところです



非常識と失笑されるかもしれませんが…
ご不快に思われるかたもいるんでしょうが…
ただの自己満足でしょうが…


ごめんなさい。

なんと思ってくださってもいいです。





猫が死んで、
悲しくて年賀状が書けなかった。
バカなわたしたち。

でもよかったら、今年もおつきあいをよろしくお願いします。

今年もよろしくお願いします

28日に仕事が御用納めで、
次の日からは家の壊れたパソコンと格闘して…、
帰省してきた友達と会ってご飯を食べて…

あとは疲れて寝てました



昨日私の実家に父を連れて行って、
年越しのご馳走を食べて、
今日また実家へ行っておせちとお雑煮を食べてきました。

お刺身とか、かにシャブとか、雑煮の汁まで、
一切合切、弟が準備してくれました。
ああ、ありがたい。




実家から戻って、
またパソコンと格闘してました。

うちのパソ子はもうどうしようもないみたいです。


パソ子のことはあきらめて、

弟に借りたパソコンにいろんなソフトを入れたりして、
パソ子の環境を再現しようとがんばりました。
メーラーを入れて設定するという簡単なことが、なぜかできず四苦八苦。
今やっとこさGmailでつなぐことができました。

これでやっとメールの送受信ができるようになりました
一安心です。




それにしてもこの年末年始、
パソコンをいじることしかしてない…
(あとは遊んでる
非常に不本意な年明けであります。




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