青いひつじ

≫2006年07月

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捏造?

昨日書いた台風の思い出には、
事実と異なる部分がある。
悲劇のヒロインになっちゃったわ。
やーね、ごめんなさい

持ってたもの全部カビたりはしていない。
カビて捨てたものもあるけど、
生き残ったものも沢山あった。

食器とか、
パソコンとか、
食器棚も冷蔵庫も助かった♪
本も大部分は生き残った。
洗濯した服も、大丈夫だった。

捨てたもののかわりに、
保険金で新しいものが買えて、
収支はむしろプラスになったのだ。

保険金の余りで庭作りもできたし



もう一度考えてみると、

台風のおかげで、

新しい庭付きの家に住めた。

夫との結びつきが強まった。
(あれを乗り越えた夫とわたしは戦友だ)

持ちモノにこだわってもムダだ、
とある意味達観できた。


わたしが無力感、心細さを味わったのは事実だけど、
とりかえしのつかない不幸などではなかった。


つらいと思っていた転勤も、
そのおかげで、


あちこちディープな観光ができた。
(一生分の梅と桜が見れた)
(祇園祭3連荘とか…たっぷり楽しめた)

ふるさとの良さがわかった。
(どんなに雪が降ろうが、寒かろうが、
北海道・札幌大好き!)

転勤先の人付き合いになじめなかったおかげで、
今こうしてコミュニケーションの勉強をしてるのだし。


つらいと感じることが、
苦労だとおもうことが、
実は自分が変わるチャンスなんだろね。




事実は変わらない。
でも受け取り方は変えられる。
記憶は書き直せる。



でも…
実際大した苦労してませんな。
ちっちゃいちっちゃいわたし。
これからもがんばれ!
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1000=1本の道

わたしの大切なこころの先輩
かめおかゆみこさんのメルマガ
「今日のフォーカスチェンジ」
めでたく1000号を迎えました。パチパチパチ

渾身のメッセージを毎日毎日
続けて1000号。
すごいと思います。

かめおかさんのおかげで、
わたしの目から何枚うろこが落ちたことか。
落ちても落ちてもうろこはまだまだ残っているけど、
ほんとうにお世話になってます。

かめおかさんたちの背中を見ながら、
わたしも自分の道を歩いているのだと思います。


みんなそれぞれの道を歩いている、

あるとき道は交わり、また離れ、
出会いと別れを繰り返し、
上りと下りを繰り返し、
先になり、後になり、

みんな違う道だけど、
多分向かうところは同じ。

明るいところへ、
あたたかいところへ、

おひさまに向かって、

歩いてく、
みんな違う ひとつの道を。


1000回目のバイバイ♪
そして
1001回目のはじめまして♪




1000号を記念して、
かめおかさんのワークショップが開かれます。
近くなら、わたしも行くのになあ。

************************************
    「今日のフォーカスチェンジ」
1000号記念★トーク&ミニワークショップ
http://plaza.rakuten.co.jp/kaishinjuku/3008
************************************

 日時/2006年7月31日(月)18時45分~20時45分
 会場/東京ウィメンズプラザ視聴覚室B・C
     (最寄駅/渋谷10分・表参道5分)
 定員/50名
 参加費/前納3000円(当日4000円)
 懇親会/任意参加です。(3000円予定。当日お支払い)
 申し込み/http://www.formzu.net/fgen.ex?ID=P19005490
-------------------------------------
詳細は、こちら♪

なんせ1000回記念ですから、
すごいことが起こるかもしれませんね~
関東のかたは行ってみてくださいっ

雨がやんだ

本州などでの記録的な大雨が、
やっとおさまってきたようです。

雨の被害のニュースを見ながら、
夫とわたしは
「もうあの時のことは思い出したくないね」
と言い合いました。

あの時…1998年9月の台風7号。
当時、
わたしたちは和歌山に住んでいました。
奈良県室生寺の国宝・五重の塔が倒れたあの台風で、
わたしたちの住んでいた
アパートの屋根も飛んだのです。


今日友人を相手に、
わたしが部屋を片付けられなくなったのは
いつからだったろう、と話していて、
あの時の記憶に行き着きました。



その日の夕方
パート先から集団帰宅したら、
部屋の天井が抜けて青空が見えていた。
部屋の床に水がたまり、
湖面のようにきらきらと、
夕日を反射してきれいだった。

誰も知り合いのいない街で、
避難する場所もなく、
家の中にテントを張って寝たこと。

雨は10日も降り続いた。

荷物を運ぶ場所がないまま、
何日かたったとき、
家の中に充満してきたなまぬるい匂い…
すべてがカビていく匂い。

自分が大切にしていたもの、
自分が愛しているくらしが、
助けようもなく、
カビてゴミと化していくのを
ながめながら、

来る日も来る日も
生き残った洗濯機を回し
衣類をコインランドリーで干しては
ビニール袋に詰めていた。

結婚式の祝電、
お気に入りの写真集、
全部カビて、
保険の請求のために
床に並べて写真をとった。


やっと見つかった新しい家に
移ったときの喜び。
不動産屋さんが神様に見えた。

その家で、
新しい家具を買い、
狂ったように庭造りに精を出し、
土を入れ、花を植え、
チューリップの球根を植え終わったときに、
また転勤で引っ越さねばならなかった。
ちょうど1年で。

泣いて泣いて、
隣の方への挨拶ができなかった。



あの時の無力感。

「自分の大切なものはすべて失われる」
「自分は根無し草なのだ。
根を張ったと思ったら、また引き抜かれる」

そう思ったのだ。



友人達には何度も何度も
いやというほど愚痴って、
なぐさめの言葉をもらった。

でも

自分で自分に愚痴っただろうか。
きっちり自分をなぐさめたろうか。


記憶の中の自分は、
雨の中、
カビていく薄暗い部屋の中にいる。
どうすることもできず、
モノが散乱した部屋の中で
立ち尽くしている。


台風で
死んでなどいない、
ケガもしていない、
保険のおかげで、失くしたものはまた買えた。
結局たいした被害じゃなかった。

全然たいしたことじゃなかった。
でも、つらかった。
心細かった。


あの時に戻ろう。
そして自分に言ってやろう。

「ほんとうにつらかったね、大変だったね」
「でも、
失くしたものは取り戻せるよ、
どこででも
何度でも
生活は始められるよ、
大丈夫だよ」と。

どうしようもないことなんて、
そんなにはないのだと。


大丈夫だよ。
雨はもうやんでいるよ。
外へ出ておいで。

同じ違う道

今日は少し活動して、
友人に会ってきました。

違う講座でカウンセリングを学び、
違うところでボランティアカウンセラーをしている
先輩です。

同じようなところをめざして
同じようなことを勉強しているけど、
ちょっとずれているというのがいいんですよね

そう、
彼女とわたしは
シャネルのマークのように、
一部重なり、一部離れています♪

彼女と前回会ってから今回までの
お互いの歩みについて語り、
勉強について今かかえているテーマ、
それから
お互いの実生活での問題について
しゃべりまくってきました。
彼女もまだまだ問題を抱えているけど、
進歩していると感じました。
わたしはどうなのだろうか。


彼女も言っていたのですが、
悩む人の話を聞かせてもらうことに、
感謝の気持ちを持っているそうです。
「話してくれて、ありがとう」と感じるそうです。
「こんなわたしが聞かせてもらっていいのだろうか」とも。

その喜びに依存しているようだとも。

わたしもそうです。
まだほんのちょっとの経験ですが、
やみつきになりそうです。

こんなわたしたちはおかしいのかも知れない。
現実生活では、まだまだ2人とも弱腰。
他の先輩達はどうなのかなあ。


新しい宿題ももらいました。
次回までに答えが出るかな?
また会うのが楽しみです。

父の引越し

父は今度グループホームからケアハウスに引っ越します。

グループホームは、
認知症の人が入っていて、
ホームの目指すところは
「安全第一」。
穏やかに、事故無く、長生きしてもらうこと。
いちおう
「その人らしい老後のお手伝い」とか
掲げているけど、
現実問題いろんな程度の老人に対処するのはムリ?


父はリハビリで回復して元気になり、
何事もなく過ぎていく
ホームの日常が
我慢できなくなったのだ。
ボケてニコニコしているだけの人たちと
同居するのが耐えられないと言う。

たとえ危険と隣り合わせでも、
好きな外出をして、
意思疎通のできる友人とつきあって、
やりたいことやって生きたい! みたい。
とにかく自由になりたいみたい。
今のところは。

安全に保護してなどほしくないらしい。


新しく出来る今度のケアハウスは、
介護つき高齢者アパートって感じで、
何でも気ままにできるらしい。


8月5日に引っ越すことに決まったのだけど、
わたしは心配。

大丈夫なのかなあ。

今までのホームは、
父にとっては不満が多かったようだが、
家族にとっては安心だった。

これからは、
父は自由に外へ行き来するのだけど、
本人はそう思っていないけど、
はたから見たら足元ふらついてるし、
すごくおだっているし、
事故が心配だ。

それに、
今度のハウスは父の知り合いのひとが運営する。
父と同じサヨクのひと。

父はそれだけで、
もう絶対良いと思っているみたいだけど、
はたから見れば、
あのサヨクの人たちのすることって、
理想は高いのだけど、
何だか危なっかしいのよね。

1ヶ月ほど前、
契約のためにハウスを見に行ったら、
まだ外回りの壁も貼っていなかった。
当然中は全然できていなくて、
完全に工事現場状態。
階段の手すりも付いてない。
そんなところに
足元の弱い老人を呼び寄せるなよ!と思った。

契約金10万と言うので、
10万下ろして持っていったら、
「契約金+前受け家賃」分の領収書を書いてくるし。
倍以上違うじゃないかよ。
資金苦しくて、自転車操業じゃないのかよ。


8月1日から入居可能と言うのだが、
今日弟が前を通りかかったら、
いまだに外壁を張っていないらしい。

本当に間に合うのかよ。
しっかりしてくれよ、
頼むよサヨク!

まあ、ダメなら出ればいいんだけど…

カウンセラーの魅力とは 2

今「カウンセラーになりたい」と言っているのは、
夢よもう一度、
みたいなのもあるし、
ぶっちゃけ「カウンセラー」というカタカナの
響きに、
かっこよさ、知的なものを感じているというのもある。
それは絶対ある。

自分のために、
自分のゆがみをなんとかしたくて
始めた勉強なのに、
続けているうちに欲が出たんだね。




それと同時に、
このまえ初めてインターンで電話相談を受けて
感じたこと。
受けた中には
切実に解決したい現実的な悩みの相談のほかに、
何度も電話してきて言いたいことだけ言う人とか、
エッチ電話とか
いろいろあったんだ。

でもね、
エッチ電話とかもいやじゃなかったの。

その人が言っている言葉の内容には、
「ことがら」として、
受け入れられない、
ありえない、
そんな感情も浮かんだのだけど、


言葉の裏にある感情、
そこに焦点を当てて一生懸命聴いてたら、
ふっと思ったの。
「この人生きている」と。

妄想なのかもしれないけど、
イタズラ電話なのかもしれないけど、
電話の向こうでこの人は確かに現実に生きていると。

生きている人と、
電話を通じて接していると。

今ここで確かに出会えていると。



感謝の気持ちが湧いてきたのよ。



現実生活で生きてもがいている人が、
親兄弟にも言えないことを、
電話の向こうの見ず知らずのわたしに
打ち明けてくれているその勇気。

こちらが何にもしていないのに、
答えを見つけたり、
見つけられなくても、どこかへたどりつこうとする
その力。

生きる力を見せてもらった。
ありがたい。
本当にそう思った。



人を
助けられるとか、支えられるとか
あまり思ってない。

でも弱くて不完全な自分でも、
寄り添うことはできるのかな、と。
寄り添うことで何かの役に立てるのかなと。


カウンセラーになりたいのは、
人間の生きる力を見せてもらえるから、
生きている人の深い所に触れられるから、

そうして、その人のいのちを
愛しいと思って見つめている自分自身への信頼…
そんなことかな。



ただ寄り添うだけのよさ。
フォーカシングでもそれを感じた。

でもフォーカシングも何度かやって感じたけど、
やはり相手の力量の違いってすごくあるんだよね。
力量で誘導されてく部分もあるし。


だから、夢は夢として、
わたしは今のところ力量がまだまだ足らない。

それから、こうして書いてきて、
やっぱり自分の生活から逃げてる気がする。
なぜ電話の向こうの見知らぬ相手じゃなきゃならないんだろう。


現実の相手とのかかわりを、
現実の生活を、
もっとしっかりしなきゃ。
もっともっと愛おしまなきゃ。

とりあえず父のことを片付けなくちゃね。

現実の行動を通じて、
自分の心を整理していきたい。

カウンセラーの魅力とは 1

昨日のおかめちゃんのコメントから考えたことです。


カウンセリングの勉強は2年ほど前から始めた。
もともとは
人付き合いが苦手で
閉じこもりがちな自分を
なんとかしたいと思って始めたこと。
講座のチラシの
「身近な人とのコミュニケーションが良くなる」
という言葉に引かれて。

直接の動機として、
その頃わたしは
父とのコミュニケーションに悩んでいた。

その春
父は体調をくずして入院し、
入院中に認知症を発症して、
(今から思うと入院ウツだったのかも)
まともに会話が出来ない状態になった。
父のこれからのことを
心配し、
父にとってよい将来の選択のために、
なんとかして父の気持ちを聞きだしたい、
でも話が出来ない…

そんなときに出会ったのが今の講座だった。

「父と話したい」それが動機だった。


それから、
その春先におかめちゃんの勧めで受けた、
「交流分析」の講座も動機のひとつだよね。

人の心の動き、成り立ち、
ダイナミックスに関心を持って、
もっと勉強したいと思ったの。

交流分析講座を通じて、
心を開いて人と関わることの楽しさを感じて、
もっとそういう機会を持ちたいと思ったし。



さらに、さらにさかのぼれば、
わたしが大学を選んだ動機。

人の心に興味を持ったの。
どうしてかはわからないけど。

心は目に見えないけれど、
現実の中に現れ、
社会を動かしている。

目に見えないエネルギーの流れが
現実社会を動かしている、
それに興味を持ったの。

それで18歳のときに、
「心の勉強をして、
カウンセラーになりたい」と思ったんだ。

でもその後、
こんなに心の弱い自分が
人の心の手助けなんて出来ないと思って、
あきらめていたの。

大学に入って学んだ心理学が、
それまで
自分が本とか読んで興味を持っていた
臨床心理学とは全然違うということもあったし、

自分自身の存在意義などというものに悩んで、
大学もやめてしまったしね。 _| ̄|○

でも、
目に見えない心のエネルギーの流れ、
そのエネルギーの発現に
ずっと興味を持っていたんだ。

停滞中だけど

講演会が終わって、
もとのヒマヒマな主婦に戻って3週間。

たっぷり時間があるのに
やりたいこと何でもできるはずなのに、
なんでか何もできずにいます。_| ̄|○

先日友人とメールでやりとり
「(わたしらは)なんだか目の前に
ニンジンぶら下げられたらどこまでも走る馬みたい。
ニンジン食ったとたんに立ち止まる…」

確かに馬ですな。
ニンジン食ってというか、
ニンジン食うことにエネルギーを使い果たして
立ち止まっちゃったみたい。


実は実は
今、放送大学の試験中なのですが、
恥ずかしながら、
何も勉強してなくて、
1科目も受けられそうにありません。
お金がもったいないよ~
来週は父の施設からの引越しもあるというのに、
全然準備が進みません。
当然家事も出来てないよ~
何とかしてえよおっっ

これってウツの再発なんだろな~
でも
やりたいことやって、
終わったらウツってるって、
何これ?
我ながら情けねええええっ

馬というよりか
馬鹿じゃん。

そんで、
こんなわたしが
ボランティアとはいえ
カウンセラーになろうとしてるというのは
どうよ?

やっぱり自分は
子どもいないから、
仕事してないから、
自分で稼いだお金じゃないから、

こんなに甘ちゃんなのよ、
無責任なのよ~

馬鹿じゃん!馬鹿じゃん!馬鹿馬鹿!

全力疾走しても、
その後の停滞期間がこんなに長いなんて
効率悪すぎ!
たゆまず一定の歩みで進める人がうらやましい。
そのほうが結局は遠くまで行けるのだから。


それでも

馬鹿で無責任で効率悪い自分でも
また歩き出すと信じて、今日の日記をアップしました。m(_ _)m

飛び込むな!引き受けるな!

フォーカシングにて

苦しいという人に寄り添っていた。
フォーカシングはただそばにいるだけの良さがある。
でも
わたしはその人の背負っている重荷をなんとかしてあげたくなって、
共感しようと試みた。
結果。
本人はなんとなくラクになったと言ってくれたが、
わたしの心と身体には
何ともいえない重いものが残って、
しばらく苦しんだ。


某お師匠様と

とある会館のホールで話していたら、
そばにあったロッカーの扉が開いて、
中の荷物がドサドサとあふれ出てきた。

だれかが事務所に連絡して、
係員さんがやってきた。

ひとりで荷物と格闘する係員さんを見て、
思わず手が出た。

一緒に荷物を押しこんで、扉を押さえていたら、
カギが壊れた。
ヤバイ!と思ったが、
係員さんは「この扉はもとから壊れてたから」
と言ってくれて、
ガムテープで留めて事なきを得た…

それを見ていた師匠に言われた。
「今、結果を考えて行動していましたか?」と。




何も考えてませんでした。


今回は無事終わったけど、
もしも、
カギを壊した犯人にされたら…?
もしも
ロッカーの中身がなくなったりしたら…?


「10分あとの自分に、責任を持って行動していますか?」


確かに何も考えてなかった。

困った人を見ると、
手を出さずにいられない。
何とかしてあげたい、
助けてあげたい、
そんなこと考える間もなく、
手が出ている、動いている。

それが自分の性分で、長所でもあると思っていたが…



確かに何も考えてなかった。

自分が手を出すことで
かえって悪い結果に終わるかも?
そんなこと考えたことがない。

自分に助ける力が本当にあるのか?
そんなこと考えたことがない。

そもそも自分が手を出すべき立場なのか?
そんなこと考えたことがない。

この人は本当に助けを求めているのか?
そんなこと考えたことがない。


ただ、やみくもに衝動のままに
飛び込んでたよ。引き受けてたよ。
今までずっと。



それがやさしさというか
思いやりというか、
自分の愛敬だと思っていたけど、

もしかして
ただの
無茶。馬鹿。

冷静に状況を見ることから逃げて、
逃げ場を誤って火の中に飛び込んでただけ


それがもし悪い結果に終わっても…

相手には謝っても、
自分自身に対しては
『善意でやったことだから』
と言い訳してきたのではなかったか?



自分が手を出すことが、
本当に状況を良くしたかどうか。

苦しさがどんなに重くてもその人の人生であり、
自分には肩代わりなどできないということ。

自分が
ヘルパーだのカウンセリングだの、
いろいろお勉強しているのは、
「人に手を出したい!」という
おせっかいな衝動を満足させるためなのかどうか。

わたしよ。そこをよく考えてみるがいい!





とりあえず、
ちょっと待て。
飛び込むな。
引き受けるな。

見極めろ。
10分後の自分のことを考えろ。

多分わたしの次の課題はこれだ。
これってエゴグラムのAdultを上げることなんじゃないかな?

難しいだろうけど、
出来たらいい感じになれるだろうなあ。

だって、自己肯定感を上げるということは、
本当に自分を大切にするということは、

「10分後の自分」も大切にすることだろうから。

そうしたら、自分以外の人も
もっと大切に出来るだろうから、ね。

拓君との同棲記念日&???

リンクの中の超巨大美猫ブログ
「拓な毎日」の管理人・雅子さまが
「7月7日は拓君との出会い&同棲記念日」と書かれていた。

それにコメントつけてて思い出したよ。

7月7日はわしらの入籍記念日じゃん。
平成7年7月7日だもんね。

今年も。
忘れてた。


だめだ~

もうわしらは終わってるのかもしれん。

自分のためにやったこと

講演会が終わったあと、
お世話になったかたから
こんなメールをもらいました。

「どんぐり先生の講演会はいかがでしたか?
きっと記憶に残るリソース体験となったことと思います」

 
 記憶に残る…?
 自分にとってのリソース体験…?


そうだ、
この講演会は
わたしにとって何だったんだろう?

そして
わかりました。

「すべてが自分のためになった」と。


みんなの笑顔が見たかった、
ほっとして、
元気になってほしかった、

それだけのために走った。

お金もいらない、
名声もいらない、


そういうわたしを
「無欲だ」とほめてくれる人たちが、
力になってくれた。



でも、
わかりました。
わたしは無欲なんかじゃなかった。
欲望マンマンだった。


大きなものを求めていた。



人を信じるということ…
自分がやるだけやったら、
人がついてきてくれる、
やるだけやって、
あとはまかせておけばいい…


 …当日のスタッフの働きは
 すばらしかったです。
 わたしは何もしないで、
 言われるままお弁当を食べたり、
 お客さんと話したりしているうちに、
 すべての準備が終わっていました…

そういう
人を信じてまかせること、
タイミングとか、どこまで頼っていいか、とか
次はどうしたらいいか、とか

それから
伝えるということ…コミュニケーションの本質を
増田先生に実感させてもらうために

あと、
感謝すること。
たくさんのひとの力添えを得て、
それに感謝して、
縁を大切にすること。

そして
自分がやりたくてやっていることが、
人に喜んでもらえるうれしさ。


そういうことを
いっぱい学びたかったから、
体験したかったから、
新しい課題をもらいたかったから、


今回必死にがんばったのでした。

うまくまとめられませんが、
すべて自分のためになったのです。


我ながら、
ほんとうにすごい大欲です。
そして、
そういう欲を持っている自分が好き! です。

増田先生の何度もおっしゃっていた
「自己肯定感」、
まさにその自己肯定感を得るために、
わたしはがんばったんだ\(^o^)/

よーし、
これからも欲望ギラギラで行きまっす!

求む!

みなさんまたまたごぶさたしてました。

どんぐり先生まつりも終わり、
ここ数日は脱力気味で、
天気も悪く、ピヨピヨしています。

ていうか、ゆるみすぎ…

昨日は大切な会議があるのをころっと忘れ(殴)
家にいました。
忘れて無断欠席したのはこれで2回目だ!ああ~

家で何をしてたかというと、
写真を探してました。
次の絵の下書きに使うのですが、
たくさん撮ったはずなのに、使えるのがない!
手持ちの写真に見つからず、
ネットで何時間も探したあげく、
絵の教室に行くのはあきらめました。


さらに、今日は講義に遅刻して、
講演会に来た人たちにお礼を言う時間がありませんでした。


しょぼぼぼ~ん
ダメダメじゃん。


ありがとうもごめんなさいも
言いそびれてたまっていく…

はあ~


気を取り直して、
お願いです。

こういう写真がほしいのです。

20060712163216.jpg


新しい世界に出合ってびっくりしている若い猫、
というテーマです。できれば黒がいいです(^_^.)
尻尾は寝てても立っててもかまいません。

送ってください。お待ちしています~

ありがとうございました

7月1日増田修治先生講演会&ワークショップ無事終了!

立ち見が出る、とまでは行きませんでしたが、
ワークショップも講演会も盛況で、
参加者のみなさんの反応もビンビン

詩の紹介では爆笑の渦、
後半のシリアスなエピソードでは
鼻をすする音が…


増田先生の熱意と温かい人柄と、
詩にこめられた子どもたちの想いに触れ、
大きな声で笑ったり、泣いたり

明日からまた新たな気持ちで
人とかかわっていこうという元気をもらって
みなさんお帰りいただけたと思います。


それにしても
増田先生のパフォーマンスはすごい
スピード感あふれる言葉と、
派手なボディーラングリッジ、
あんな芸人(爆殴)とは思いませんでした!
学校の先生にしておくのは惜しい

あれだけ熱いから、伝わるのだな~と感じました。

札幌のみなさんのノリがいいので、
普段言わないようなことまで言ってしまった…
と先生はおっしゃっていましたが。


やっぱりナマで会えてよかった。
早くも「来年もまた呼びたい」との声も出ています


増田先生、スタッフの皆さん、協力してくださった沢山のかたたち、参加者のみなさま、本当にどうもありがとうございました!

増田先生のすすめる
「自己肯定感」の持てる世の中にするために、
明日からまたちびちびと歩んでいきましょうね♪

ワークショップ

子どもの詩の穴埋め問題や、
面白コメントを考えたり、
頭とココロ、フル回転。

シモネタ続出。もとの詩より過激なセリフも…

最後は参加者自身がユーモア詩を書いて、
自分を振り返るひとときでした。
P1010012.jpg

P1010013.jpg

P1010027.jpg

写真より男前 増田先生

講演会

増田先生のマシンガントークに
爆笑!

けなげに頑張る子どものエピソードに
涙。

笑って笑って、ほぐれたココロに
メッセージがしみこむ
これが増田マジック

P1010059.jpg

P1010065.jpg

20060702113943.jpg

夢を手渡す

20060702113954.jpg

おつかれさまでした

雲が描けます

テンプレート(デザイン)を変えてみました(^・^)

青い空をマウスでくりくりしてみて
面白いでしょ♪

しかし、
その代わりに字が小さくなってしまったので、
表示文字サイズを大きくして見てくださいね
(みんな知ってるでしょうけど)

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