青いひつじ

≫2005年12月

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笑いのキキメ

この頃思う…
気持ちが伝わるためにはまず「心がほぐれていなくっちゃ」。
固くこわばった心は、どんな良い言葉がきても撥ね返してしまいますよね。
そんなとき笑ってリラックスすれば、
心はやわらぎ、メッセージを受け取りやすくなります。
もうひとつ、
「気持ちは出さなきゃ、入れられない」。
一杯一杯になった心には、もう新しいものは入りません。
ワハハと笑って気持ちを発散すれば、
ひとの言葉に耳を傾ける余裕もできます。

そんな笑いのキキメを届けたく、
来年の初夏、埼玉から増田修治先生をお招きしての講演会を計画中です。
心がガチガチに凍りそうな、痛ましいニュースが続くこの頃だから、
なおさら「笑い」を! 
みなさん、よろしくお願いします。

(2005.12.15傾聴サークルの機関紙によせて)
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寒さの恐怖

まいった…ストーブ壊れた。
おとついの夜から電源が入らない。
マンションの管理会社経由で、
メーカーと電話で話したら、
修理は明日の夜だって。

管理会社で替わりのストーブを
貸してくれるという話もあったけど、
それも面倒なので、
昨日から
ポータブルのストーブと、
ハロゲンヒーターで頑張っている。
夜は暖房なし。

どうなることか…、
映画『デイ・アフター・トゥモロー』のシーンが
一瞬胸をよぎる。
しかし
つぎの朝目を覚ましたら、
意外にも極寒ではない。
半そででウロウロするのは無理だけど、

昔の人がよく言ってた、
「ふとんのえりに霜がつく」とか
「花瓶の水が凍る」とか、起こりそうにない。

「凍死」なんて、ありえない。


住宅断熱技術の進歩に感謝!
停電ではないことに、感謝!
ガスでお湯が出ることに感謝!

ええ、感謝ですよ。トホホだけど。
そうして、

断熱材も、電気暖房も、
ガス湯沸かし器もなかった
先人の苦労をしのぶのよ。

最後の戦い

えらそうなことを書いている自分。
でも現実に何ができているのか。

無力ではない、確かに。
だけど、ちゃんと力を出しているのか。
動く覚悟があるのか。


「おまえになんか大したことはできない」
という親の言葉と、

「わたしは何も出来ない、弱い、守られるべき存在」
という幼児のじぶん、

二つの無力感が、わたしの足をひっぱる。

まだおまえは進んではいけないと。
わたしたちを捨てて、ひとりで進んではいけないと。


これは最後の決戦だ。
親と幼児と、大人の自分、

三つ巴
もうだれも後へはひかない。





でも大丈夫、この戦いは
誰も死なない。殺さない。
三つとも全部自分だ、敵などいない、
だから


わたしとわたしをとりまく世界に
和平を結ぶ。
わたしの心の中から、
こころから、
ここから。

祈ってそれから歩き出そう

すこし遅くなってしまったけど、
紹介します。

かめおかゆみこさん「私たちは、無力ではありません

たまちゃん「悲しい事件が続きますが」

ヒックルさん「緊急!犯罪を止め地球を癒す」

豊かさの女神と天使達「満月に、少女達の冥福を祈らせてください」


(わたしはレイキとか、天使系とかは
まだよーわからんのですが)
12月15日夜10時半から、
祈ってみました。

「小さな娘さんたちのご冥福をお祈りします。
 天国で安らかにすごせますように。

 ご親族の気持ちが少しでもマシになりますように。
 怒りと悲しみをわけあえる相手がいますように。

 犯人が自分のしたことの重みを受け止め、
 できるだけきっちり反省できますように。

 このような事件がもう起こりませんように。
 小さいもの、弱いものを大切にできる世の中で
 ありますように。
 
 こうして祈っている人が沢山いて、
 それぞれの足元から平和の輪をひろげていって、
 世界が平和の輪でつながりますように。」

無宗教のわたしは
自分の神の名前を知らないけど、 
自分なりのことばで、
とにかく祈りました。


あれから数日間、眠る前に祈っています。
とりあえず祈って
気持ちを落ち着けて、
それから一歩踏み出す。


わたしたちは無力ではありません。
砂浜の一粒の砂にすぎなくても、
キラリと光っています。
パズルの1ピースにすぎなくても、
それがなかったらパズルは完成しません。

ひとつぶの砂は
その隣の砂とくっついているから、
一個のピースは
その隣のピースとくっついているから、
隣へ隣へ
無限につながって、
殺された少女たちともつながっています。
遠い国の戦争ともつながっています。



わたしがいまここで、
にっこり笑って、
ありがとうと言う、
道に落ちているごみをひろう、
車の運転をしていて、道をゆずりあう、
使った洗面台は次の人のために水気をふく、
次に通るひとのためにドアを開けておく、
旦那の好物をつくる、
お友達の話をよく聞く、
そんなちっちゃなことが
そんなことだけが、
平和への入り口だとわたしは信じています。


足元からはじめる


わたしが踏み出すこの一歩が、
平和への第一歩になりますように!

電話でりんりん

実行委員のみなさま、
14日は長い時間付き合っていただき、
ありがとうございました。
だいぶプランが固まりましたね!
その結果を受けて、

昨日、増田先生と
初!電話でお話しました。

今までメールをやりとりしてたけど、
いまいち埒が明かない、
それに先生のメールはあっさりしすぎてて、
逆に、なにか意図が秘められているのではないか、と
こちらが裏読みしたくなったり…

色々はっきりさせたくて電話してみました。


それからね、企画会議では
2日がかりは無理だから、1日で。
ワークショップはひとつ、
って感じになったでしょう、

でも自分の中では、
「わざわざ北海道まで来て、日帰りは酷だろう」
「大人のワークショップもやりたいな」
「わたしがお金を出してでも…」
という気持ちが捨て切れなかったので、
そのへんも、
正直に先生にぶつけてみました。
かけひきとか、できないんですよう。

そうしたら、先生は
「日帰り?かまわないよ」
「大人と子供のワークショップを一緒にしてもかまわないでしょ」
「個人負担はやめましょ」って。


増田先生とお話してみて、
メールの通り、あっさりしたかたなんだなー、
という印象を受けました。
いろんな意味で、経験豊富なんですよね、

できることをやる、
できないことはあきらめる、
そこで悩まず、次へ行く

こんな感じでした。

それに比べて、
こちらは「初講演会を良いものに」と意気込んで、
テンパっていたなあ、と自覚しましたね。

まあ、仕方ないですよね、
初めてだし、シロウトだし。

でも
はじめからカンペキを目指すより、
1回やって反響がよくて、みんなも楽しければ、
次もあり?ってほうがいいよね。
(あっ、でも断っておきますが、
次があったらいいなとは思うけど、
そのためになにか組織を作って維持する、とかは
全然考えていません。縛りませんから、ご心配なく~)

増田先生ご出演のビデオも送ってくださるそうです。
こんどみんなで鑑賞会をやりましょう!

相撲旦那とレスラー妻

近所のスポーツクラブに行くことにした。
気功は気持ちいいけど、週一回では
なかなか効果が続かなくて、

体重は増加の一途、硬くてゴリゴリだし、
我が家では「あっ、うちのなかにプロレスラーがいる」
「そっちこそ、すもう取り!」というような
心ない会話が飛び交い、
精神衛生上もよろしくない、
早急にカラダ改善しなくちゃ、
と思っていた。

今週の日曜、
夫婦で近所のスポーツクラブに体験に行ってきた。
「ストレッチ&ピラティス」のクラス1時間と、
自転車こぎ5分だけで、
もうハアハア。
旦那もマシンジムでへろへろ。
月曜は二人とも筋肉痛。情けねえ~

でも、たった1回やっただけで、
こころなしか体が引き締まったような気が…

今日も我が家では
「おまえなんか続くわけない」「わたしはひとりでも行くわよっ、あんたなんか家で寝てなさい」と、
醜い舌戦が繰り広げられている。

チキショー
あんたには負けん!
絶対ナイスプロポーションで若返ってやる!!!
奥様を甘く見てました、ごめんなさいってゆわしてやる!!


ハアハア…

だからさ、ぼちぼちがんばろうや。
一緒に行こうねっ、ダーリン

札幌家裁が模擬調停

今道新で見た記事
1月20日午後2時から教育文化会館で、
市民講座「ある熟年夫婦の離婚」が開かれる。
普段は非公開で行われている家裁の調停について理解を深める内容。
講座では架空の離婚ケースを題材に、家裁の事務官、調停委員が模擬調停を実施し、
札幌家裁の裁判官が手続きの内容などについて解説する。
入場無料。事前電話申し込みが必要。
参加資格問わず。先着130人まで。
申し込みは1月10日まで、
札幌家裁総務課庶務係011-221-7318
(平日午前8:20~午後4時
12月29日から1月3日は休み)」

わたし、
カウンセリングのお勉強をしていて、
家裁の調停について知識はあるけど、
実際にどうやっているのか
知らないんですよね。
いい機会なので、行ってこようと思う。
関心のあるかた、一緒にどうぞ!

一歩

今日とあるところに行きまして、
一歩前進しました。

明日お話しますね。

さびしい師走(続き)

どうしてわたしは寂しいんだろう。

ウツに傾きやすい
「メランコリー親和型」の性格なのだと思う。
それに、
境界例が疑われるかもしれない。

それはそれとして、
自分の寂しさの源を見つめると、

父の不在が大きな影を落としていると思う。


わたしに父がいなかったわけではない、
ちゃんと毎日家にいて、お給料を運んでくれた。

父の体はいた
けど、心はいなかった。

家族みんなで一緒に食卓を囲んでいても、
父の目はわたしたちを見ていなかった。

父は熱心なサヨク活動家で、
自分の理想に燃えて外ばかり見ていた。
いつも心は遠くどこかに飛んでいた。
家にいても
新聞雑誌と文房具であふれかえった書斎にこもり、
一心に書き物をしていた。

その分、母が必死で家を守っていた。
わたしたちを大切に育ててくれたけど、
母が心細く不満で一杯なのは、
子供心にも伝わった。

現実にそうだったのかはわからない。
だけどこれがわたしの心的現実。

わたしのお腹の中に
さびしい虫が住んでいる。
それは母なのかもしれない。

-------------------------------------

一生懸命だった母は亡くなり、
父は去年から調子をくずして、
今では認知症のグループホームに入っている。

いまだに自己中で、
連日のように電話で
「あれ持って来い、これ買ってこい」と
うるさい。

去年の2度の入院、
そしてグループホームに入ってからも、

「好き勝手やってきた父の面倒を、
どうしてわたしが見なければならないんだろう」
と思ってきたが、

このごろちょっと変わった。

あるとき、
メモ用紙一杯に書かれた、
父の買い物依頼リストを見ていて、

「ああ、このひと生きているんだな」
と思った。
鍵のかかったとこに入ってて、
行動は制限され、
社会的には死んだも同然なのに、
こころは死んでない。

一緒にいるひとたちは、
何もしゃべらずニコニコしてるだけ。
そんな中で、今も
ひとりで自己主張してやがる。

ブラボー、やるじゃないか、オヤジ!

最後まで、好き勝手なことして行けばいい。
応援するよ!

----------------------------------------------
ウザい自分語りはこのへんでやめよう。

さびしい虫はまだここにいるのかな…

とりあえず言葉にしよう

今日のかめおかゆみこさんの日記「一面的に行きましょう♪」を読んで、
そうそう、あるある!と深くうなずきました。

自分の思いをひとに伝えるときに、
「これって、正しいんだろうか」
「間違っていたら、はずかしいな」
「未熟っていわれたら、どうしよう」


さらには
「自分の考えもまた変わるかもしれない」
「いまさら、こんなこと言っても」
「ひとを傷つけるかもしれない」

いろいろ考えているうちに、
なにも言えなくなってしまうこと、
あいまいな言い方になってしまうこと、
わたしにはよくあります。

だけど、いくら考えていてもわかりません。


自分の言葉は今の自分にとっての
とりあえずの真実に違いありません。

わたしは自分の知識や経験に縛られていて、
そこから逃げ出すことはできない。
とりあえず自分は今、
ここまでしか来ていないのだ、
と認めるほかありません。

そこから自分がどう変わるのか、
それは考えていてもわかりません。

正しいと思ってもらえるのかどうか、
自分の言葉が周りにどんな影響を与えるか、
実際に言ってみなければわかりません。

ボールを投げなければ、
受け取ってもらえない、
ぶつけなければ、反応は戻ってこないのです。

わたしはいままで生きてきて、
たくさんの言葉のボールに会ってきました。
即座に受け止めて、投げ返せたもの、
スピードが速すぎて、受け止められなかったもの。
ぶつけられて、痛かったもの。
ぶつかったことにも気づかず、
忘れていたころに、じわじわと効いてきたもの。
全部わたしに影響を与えています。

いままで出合った沢山の人たちの言葉が
今のわたしを形作っている、
そう感じるから、

このひとたちの言葉が
わたしにとって力を持っているように、
ポジティブにせよ、ネガティブにせよ、
わたしの言葉も無ではない、
ゼロではない、
と信じられるから、

自分が未熟で、間違っていて、
だからこそ変わっていけると思うから、

今しか言えないこの言葉を
世界に向けて放ります。
愛をこめて。

さびしい師走

師走に入り、なんだか寂しい。
あわただしいはずなのに、

冬季ウツかな、
今年はお義父さんがいないからかな、

まあ、それもあるだろうけど。


先日傾聴の学習会で、
12月の思い出を話し合いましょう」というテーマが出て、
みなさんと語り合った。

「お母さんを手伝って、お正月の手伝いをした」とか
「年の離れた妹に、サンタの存在を信じさせるため、
家族みんなで芝居をした」とか
心温まるエピソードが出る中で、

わたしが思い出したのは、
独身OL時代のクリスマス前のこと。

まったくもてないOLだったわたしは、
毎年毎年「今年こそはステキな彼とクリスマスを…」と
思ってはかなわず、
「ああ、今年もダメだった」という落胆を繰り返していた。
家族や友人とクリスマスパーティーをして、
楽しかったけど、寂しかった。

わたしはおっとりして見えるらしいけど、
内心あせっていたんだ、
恋愛産業に踊らされていだんだね、
クソッ!


それから、先日久しぶりに宴会に出たのだけど、
自分が宴会は苦手だということを再確認した。

社交は不得意なのだ、
友達と話すのは大好きだけど、
知らないひとの中では、
どう振舞ったらいいのかわからない。
そばにいる人の話を一生懸命聞いていたが、
内心寂しかった。
OL時代も
「何を着ていこうか」とわくわくしている人たちの中で、
宴会に出なくてもすむ口実を考えていたっけ。

もてなかったから、
社交ベタだったから
寂しかったのかな。


いや、
そればかりじゃない、
なんとなく
ずっと
寂しかった。

振り返ってみると、わたしの足跡は
寂しさの雪でうっすらと覆われている。

生きる意味

先週の特別講義に出て以来もやもやしてた。

うまく言えないけど、何かが違う、っていう気がして。
こんなこと書いたら、非常にやばい、いけない、のかも知れないけど、

えーい、書いちゃえ!


講座は精神障害児に関する本を読んで、
思ったことを述べあうというものだった。

先生は
「こういうひとの生には宗教的意味があり、
わたしたちに深い気づきを与えてくれる」
というようなことをおっしゃってた。
また、我が子が同じような障害を持っており、
「この本は自分の子供のことを書いたのではないか」
(戦前の古い本だけど)と思って参加した、
というお母さんがおられて、
「ある時子供が言う言葉を聞いて、この子は天使だと思った」
とおっしゃってた。


宗教的?天使?
なんだかわたしはひっかかった。

渦中にあるお母さんが「天使」と言うのは、
もっともな気もする
(どの親にとっても我が子は天使でしょうしね)

でも、宗教的な意味というのは?
それは周りのひとにとっての意味であって、
子供自身にとっての意味ではないんじゃないの?

その子は
「まわりの人に気づきを与えるために」生きているわけじゃないでしょ。
それがその子の生きる意味じゃないでしょ。
(たとえ、それが神の意思であったとしても)

ふつうに生きているんでしょ。
おひさまとか、食べ物とか、ぬくもりとかを
ふつうに求めて生きているんでしょ。
わたしたちと同じでしょ。

宗教的とかなんとか、
特別視しなければならないの?
そんな必要ないんじゃないの。

生きてること自体に意味がある、
その子なりに懸命に生きている、
だから、
まわりのひとに気づきを与えられるんだと思うの。

その子が生きてる、
わたしも生きてる、
互いが出会うとき、気づきが生まれるんでしょう。


ひとに気づきを与えることが、
その子の生きる意味じゃないよ。

ひゃー、書いちゃった。
すごくひとを傷つけるようなことかもしれない。
先生の言葉尻をとらえて、からんで、
とっても曲解してるかもしれない。
わたしは破門かな。

でもとりあえず今感じたままに、書いてみた。
思いはまた変わるかもしれないけど、
これは消さないからね。

もらいもの

このごろのもらいもの
ゆず酒>ちびちび飲んでます。すっきりしてておいしいね。
クリスマスぬいぐるみ団>これで今年のお飾りは完璧だねっ。
アフラックあひる>歌にあわせて旦那と踊ったわ。
ツリー模様の巾着>サテンの光沢がとってもステキ、使ってます。
手作りりんごジャム>ロゼの色がきれい、あっさりしていておいしかった。(もう食べちゃった)

ちーゆずさん、りんごちゃん、それからおくればせながら、
nana子さんありがとう

それから、
昨日白菜漬けと五目豆をもらいました。
なので昨日の夕食はカレーとチーズフォンデュと白菜漬けと五目豆だった。(めちゃくちゃだが)
来週お礼言わなくちゃ。

20051207200730.jpg

20051207200558.jpg

痛恨のミス

講演会とは関係ないけど、
わたしがちょこっとお手伝いしている
機関紙の投稿コーナーで
手違いをしてしまった。

わたしのせいなのかな?
原稿の直しがあることを、
早く連絡していれば防げただろう。
直しを入れないまま発行されてしまい、
投稿者の意図しない言葉が紙面に載ってしまった。
小さな言葉の違いだけど、
ご本人にはひっかかることだろう。

やっぱりわたしが悪いね。
防げたのに手をこまねいていた。
申し訳ない。

これからちょろっとおわびメールを書こう。

はずれ

かでるに行ってきました~

6月24,25日で申し込んだんだけど、

残念ながら、結果はハズレ

係の人によると、重なるのは多くても2、3件だそうなので、
ごめんね、くじ運悪くて。

7月分の申し込みは来年1月4日だそうです。
希望を3つほど出しとけば、どれかはひっかかるでしょう。

ま、申し込みのしかたもわかったし、
また来年行ってきま~す。

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